愛の情、恋愛未満
わたしと志田くんは大学で出会った。お互いのことを認識していたものの、出会ってすぐの頃、話すことはなかった。
だけど、ひょんなことをきっかけにわたしは志田くんの彼女になり、志田くんはわたしの彼氏になった。
最初は底抜けに明るくていつも男女を問わない友人達に囲まれていて、近寄りがたい存在だった。
でも、仲良くなるうちにどんどんわたしの手を引いて、行動的にも、気持ち的にも外に連れ出してくれる彼をわたしは好きになった。
一度だけ「わたしのどこが好きなの?」と、志田くんに聞いたことがある。
彼は少しの沈黙の後「遠慮がちで、思慮深いところかな」と答えた。
だけど、付き合って1ヶ月くらい経った頃、志田くんの様子が変わった。
知ってる。
志田くんは、乱雑な手つきで、わたしの目の前にあったコーヒースプーンをつかみ、無造作に自分のケーキを食べ始めた。わたしは、何も言わなかったが、そのスプーンが自分のことのように思えてきて、悲しい気持ちになった。
元来、大雑把な性格の志田くんにとっては自然なことだったのかもしれないけれど、彼にとってわたしは、目の前にある代替物でしかないのだということを強く意識した。
志田くんの、手の甲、薬指の付け根にあるほくろが目に入って、少しだけ、彼のことが憎くなった。
「ねえ」
わたしが問いかけると、志田くんはめんどくさそうに顔を上げた。
「知ってるよ。ほかに好きな人ができたんでしょ」
志田くんは、バツが悪そうな顔をして、頭を乱暴に掻いた。
最初の頃は、ちゃんとヘアセットもして来てたのにね。今の志田くんは、フードの縁に毛玉のついたパーカーに、スウェットのようなズボンを履いていた。
「やっぱり、俺たち合わないかもね」
志田くんはぽつりとそう言った。
それならそうと、自分から言えばいいじゃない。自分の意見をはっきり言うことのできる志田くんが好きだった。そんな志田くんも恋愛となれば、普通の男の子だったんだね。
「大切にしてあげてね」
わたしはそう言って席を立った。
後ろから志田くんが何か言っている。
でもわたしは立ち止まるようなことはしない。
わたし、あなたの真っ直ぐなところが好きだった。過去形。
店を出る頃、わたしの愛はとっくに冷めていた。
これでよかったんだよね、と空を見て思う。
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