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すべては運、あなたもわたしも

この文章は2020年の、おそらく6月頭に書いた下書きに手を入れたものです。ふとまた「運」について考えることがあったので公開します。当時の「感じ」を思い出しつつ読んでいただければとおもいます……!

緊急事態宣言があけた。ああ、日常、戻ってきた。おかえり待ってた。

休園による自宅保育と在宅ワークには、だいぶ苦しんだ。下書きに残ったままのnoteがあって、そこには「なにもできないこと」のつらさがつらつらと描かれている。もちろん「子どもと過ごす」をしてはいるけれど、仕事に集中できないこと、そのことでじわじわ迷惑をかけていることに、毎日少しずつ毒を盛られているような感覚だった。

はじめは「娘が寝てから働こう」とそろばんをはじいていたけれど、昼寝なしひとり遊びタイムゼロのイヤイヤ申す2歳児と過ごした一日の終わりに気力体力は燃えかすほども残っていなかった。いろいろ工夫してみたけれどむり。怠い。眠い。子がハマっているベイマックスの声が頭から離れない。無力感。無能感。健康を守れない。

それで5月の連休があけるタイミングでお仕事関係の方々に相談し、仕事をほぼストップして生活と精神を立て直すことにした。快く了承してくれたみなさんには、ほんとうに頭が上がらない。

じつは、「いまははたらけないな」と吹っ切れたのにはちょっとしたきっかけがある。家の近く、飲み屋さんの店主とのおしゃべり。

「ほら、うち今年のはじめ、○○駅前に新店を出したじゃないですか」

店主は片手をカウンターに、もう片手を腰に置いてそう言った。

「要はね、いちばん借金が大きいときなんですよ、いま。なのにこんなふうになっちゃったでしょ。こっちの店は、じつはそこまで売上減ってないんです。うん、20時まで。でも常連さんがほんと支えてくれてるから。新店のほうはまだぜんぜん常連がついてないから、きつい。ほんとに、きついっすね」

わたしも「応援」の気持ちでお邪魔していたからよくわかる話だった。そしていつもひょうひょうとかっこつけている店主がはじめて弱気なことを言っていて、飲食店の抱える深刻さをひりっと感じた。

その帰り道、裏どおり、自分の影を見つめながらぽろりと言葉が落ちた。

運、だなあ——。

パンデミックのタイミングでどういう環境にいるかは、運でしかない。
もし新店舗がなければ、彼は変わらずひょうひょうとふるまえていただろう。
先日出産した友人は、パートナーの立ち会いがかなわずひどく残念がっていた。
コロナ直前に離婚した友人は「もし離婚してなかったら殺人事件が起こってたかも」とおどけていた。
それもこれも、運。

店主の言葉をあたまで転がしていたら、ふと力が抜けた。ああ、いったんあきらめよう。がんばったもん。「娘の個性と年齢」「外部サービスに頼れない状況」「原稿の重さ」「己の体力」、そして「貯金額」「仕事関係者のやさしさ」。いいも悪いも要素をかき集めたら、とりあえず抗うのをやめてもいいんじゃないかなとおもえたのだ。

*  *  *

妊娠出産を経て、「運」についての見方が変わってきた。

子どもを産むことは自分で選んだ。でも、「どんな子を産むか」は選んでいない。選べない。性別さえも。そして子どもの性格や能力は、遺伝による影響が大きい。仲のいい友人たちと近いタイミングで子どもを持ったけれど、0歳児のころから——どう考えても生まれつきの性質としか思えない時期から——それぞれ個性を存分に発揮していた。2歳になったいまも、ママべったりな子、おっとりしている子、ダンスが好きな子……教育なしに個性が爆発している。

その子にどんな性格や能力が〝ある〟かは、いったん運でしかない。親の努力も祈りも影響を及ぼさない。もちろん、子どもにとってはどんな親の元に生まれるかも、だいぶ運。個人の性質や生まれ育った環境みたいに、振られたサイコロを眺めるしかできないことってあるのだ。少なくとも、「いったん」は。

そんなふうにいろんなことに対して「いったん受け入れる」感覚が強くなっていたからか、彼の言葉を聴いて、自分のいまの運を受け入れようと思えた。仕方ないよ、これに関しては「運が悪い寄り」だよと。

人生運だよね、がんばったって仕方ない、なんてあきらめているわけではない。そこからどうするかは真剣に考える。選ぶ。進むのは自分の足だ。

ただ、「運」をちゃんと捉えることで、自分に対しても他人に対しても忌まわしき自己責任論のようなものからすいと脱却できる……ような気もしている。いまここにいるのも大小さまざまな運が重なった結果、努力はトッピング程度。他人の運に思いをはせれば、「自分で選んだんでしょ」「がんばりが足りないよ」なんてとても、とても言えない。

すべては運、あなたもわたしも。

パンデミックと呼ばれるいまを、そんな気持ちで生きている。

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