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第一回:緑と透ける栞 【かわいい栞(しおり)】

カラーバス効果は、不思議なものだと思う。

心理学用語の一つであるらしい「カラーバス効果」とは、ある特定の物事を意識し始めると、それに関連する情報が自然と目に留まってしまう現象のことを言うらしい。例えば、今日一日「赤色」を意識してみようと思うと、赤いものばかりが目についてしまう、といったように。

意識一つで見える世界がぐるりと変わってしまうなんて、なんだか不思議である。簡単に変わってしまうからこそ、私は日々の暮らしの中で何を意識して生きているのだろうと考えてしまう。

どうせなら、私は「かわいいもの」を見ていたい。


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昔から本を読むのが好きだったことと、さまざまな場所で「趣味は読書」「本が好きです」と自己紹介で言っていたため、私の周りでは本をよく読む友人が多かった。

「あれ読んだ?」
「最近読んだこの本、とても面白かった」
「良かったら貸そうか?」

なんて会話が飛び交う。作者の好みは人それぞれなのでバチっと趣味が合うのは難しかったけれど、彼ら彼女らのおかげで私の読書の幅は広がっていったと思っている。

ある日のことだ。

友人が私に栞を贈ってくれた。届いた包みを開けてみると、中には緑色のチェック柄の栞が入っていた。表裏には布が使われていてざらっとした触り心地である。チェック柄や、素材に布が使われていることも私好みでとても嬉しかった。

「かわいい……」

ぽつりと言葉が溢れる。包みの中には一緒に手紙も入っていて「青紗ちゃんが好きそうな色や柄の栞を見つけたの!これで沢山本読んでね」と書いてあった。

本人の人柄が出ているような柔らかい文字に心が温かくなる。と同時に、私は普段一体何を本に挟んでいたのだろうと思った。急いで鞄の中から今読んでいる文庫本を取り出してページを開いてみると、いらなくなったレシートが挟まっていた。レシートが手元にないときはページの端を折り曲げることが多い。

そうだ、私はいつも適当な何かを挟んでいた。“目印”にかわいいなんて、ない。

レシートを抜いて届いたばかりの緑の栞を挟んでみる。何もかもが違っていて、一瞬戸惑ってしまった。

どこまで読んだかを覚えておくためのものだから、使うものはなんでもいいはずだ。本を読むのは好きだけれど、覚えておくためのツールは適当だった。そこまでの意識は向いていない。

だけどかわいい栞を使うと、こんなにも開いたときや閉じたときの気持ちが違うのかと思った。今、ものすごく心が潤っている。

私は栞を飛び越えて、贈ってくれた彼女のことを尊敬し、純粋に羨ましくなった。

きっと彼女は日々の暮らしの中でもかわいいをきちんと取り入れている人だ。些細なところまでもちゃんと大切にしている人だ。


***


栞をきっかけに、私の見える世界は一変する。

友人が本を読んでいるとチラリと何を挟むのか見るようになった。単行本は細長い紐状の栞がついていることが多いから、そのまま活用。文庫本ではマイ栞を丁寧に挟む他、付属の紙の栞を使ったり、カバーでガバッと挟んだりする。中にはショップカードやかわいい洋服のタグを栞代わりにしている人もいた。かわいいタグは多く、そういった活用方法もあるのかと発見だった。

栞は実に自由らしい。自由だからこそ、私は何を使う?

緑色の栞を挟んだような、あのときめきをもっと側に置いておきたくなり、いつしか私も自分で集めるようになっていった。

特に今のお気に入りは、国立西洋美術館で購入したクリア素材の栞だ。エミール・ノルデの《百日草》と、フィンセント・ファン・ゴッホの《ばら》の栞。ページに挟むと文字が透けて見えるところがいい。持っているだけで本が読みたくなる不思議。ああ、かわいい。

ページを開いてそっと挟む。抜いて本を読む。また挟む。

ただ、それだけ。

それだけだけど、些細な部分にかわいいを潜ませていると、ふとしたときに驚くほど心が潤うのだと知った。

かわいい栞を身近に置いている自分にも「いいね」と言いたくなるし、レシートと比べて気分がぐんと上がり、いつもの暮らしが少し楽しくなる。暮らしの中で気分が上がることは非常に大切だったと再認識する。もともとかわいいものが好きなはずなのに、分かりやすい「かわいい」ばかりに意識が飛んでいて、些細なところまで見えていなかった自分に気がつく。栞をきっかけに他の「かわいい」も探すようになった。

暮らしの中には、実に沢山の「かわいい」が潜んでいる。

モノだけじゃない。誰かの言葉、行動、ふとしたときの何か……。

暮らしの中で「かわいい」を意識して見つけることは、日々を、自分を、大切にすることにも繋がるのだと思う。


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「しおり」は「栞」以外に「枝折り」と表記されることもある。その昔、人が山道を歩くときに、迷子にならないよう木の枝を折って道しるべにしていた動作を「しをる」といい、道しるべを「しをり」といっていたことが語源らしい。そこから意味が転じて、読書の目印や案内書などを「栞」と呼ぶようになったという。

私にとってかわいいは、“覚えておきたいもの”のようだ。

かわいいものが身近にあるとホッとする。心が傾きそうになったとき、いつかのかわいいを思い出す。そうすると「明日も頑張ろうかな」と、翌日の一歩が踏み出しやすい。

「これかわいい」な、「あれかわいかったな」と思うことは、想像以上に私を前向きにさせてくれる力を持っている。

日常生活の「かわいい」はすぐに手のひらから溢れ落ちてしまうから、何かあったときにいつでも思い出せるようにきちんと覚えておきたい。栞がページを覚えてくれていたみたいに、私も暮らしの中の「かわいい」を覚えていつまでも大切にしていたい。必要なときにそっと取り出して愛でていたい。きっとそれは、いつかの私を救い、幸せな気持ちにさせてくれるから。

そんなことを、かわいい栞を光にかざしながら思うのだ。

私が暮らしの中で見つけた「かわいい」を紹介する連載。

全五回、最後までどうぞよろしくお願いします。

illustration by:あきこば

参考文献:『暮らしのことば 新 語源辞典』山口佳紀 (編)


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