乙野四方字「君を愛したひとりの僕へ」&「僕が愛したすべての君へ」読書感想文
読書ってローテーションがある。
1週間かかって読んだ本も1冊。
3時間で読んだ本も1冊。
1週間のほうの1冊を続けて読み終えると、今度は3時間のほうの1冊を読みたい気分になっている。
だからといって簡単な本でもつまらないし、こういうときは、なじみがない本を選ぶ。
目についたこの本の表紙はアニメテイスト。
自分からは、いちばん遠いところにある “ 甘酸っぱい青春恋愛モノ ” だろうか。
そう思って選んだ、この2冊。
2冊は、2016年に同時刊行された。
似たような題名だから、セットになっているようでもある。
プロフィールを見ると、著者は20代後半。
乙野四方字と書いて “ おとのよもじ ” と読む。
内容は、パラレル・ワールドものというか。
SFというのか。
順番としては『君を愛したひとりの僕へ』から読んだほうが『僕が愛したすべての君へ』へ繋がる感じはする。
そういう自分は、しっかりと逆から読んでしまったけど。
※筆者註 ・・・ 読書録をキーボードするに際して検索してみると、2022年に映画化されたようです。「君を愛したひとりの僕へ」は『君愛』、「僕が愛したすべての君へ」は『僕愛』と略されると知りました。どっちを先に観たほうがいいのか話題になってもいたようです。完全に世の中から乗り遅れてる思いです。
2冊のネタバレ感想
アニメとなったらおもしろそう。
小説としては「是非にあらず」というところか。
でもこれは、合う合わないの問題。
昭和の古い小説が好きな自分には、少し物足りないだけ。
それにしたって、ヒロインが交差点で幽霊になって漂っていて、それをストレートに幽霊と書くものだから全体が陳腐に感じてしまった。
だって幽霊だもん。
ヒロインが幽霊になるんだから。
驚かないだろうか?
それか感性がなくなってしまったのか?
もっと読み込めば考えるところもあるかと思うけど、元々が3時間あれば読める本だし、もう次の本にいきたいというのが正直な読書になってしまった。
世界観というか、語句の解説
並行世界
いわゆるパラレル・ワールド。
今ある現実世界とは並行している、もうひとつの世界。
ある時点から分岐している。
数多く実在する。
近くの並行世界ほど、元の世界との差異は小さい。
また、近くだと無自覚に移動してしまう頻度も高く、移動している時間も短い。
記憶違い、勘違い、物忘れといった現象がおきる。
パラレル・シフト
同じ時間の、どこかの並行世界にいる自分と意識だけが入れ替わる現象。
虚質科学
並行世界の存在を実証した学問。
オプショナル・シフト
任意の並行世界へ移動する技術。
「君を愛したひとりの僕へ」
ネタバレあらすじ
74歳の日高暦は、虚質科学研究所に勤める研究者。
60年間、パラレルシフトの研究を続けていた。
日高の研究よりも前に、この虚質科学研究所の佐藤所長により、並行世界の存在は証明されていた。
これにより、虚質科学は学問の一分野となるまで発展。
政府は法を整備をして、虚質科学庁も新設された。
今では、並行世界の存在は、誰もが認識するようになり、日常と切っても切り離せないものとなっている。
日高の研究は、オプショナル・シフトについての実験を繰り返していた。
日高自身が、67年前の世界へ移動するためだった。
7歳のときの選択を変えるために移動する。
そのときに両親が離婚をしたのだけど、父親についていかずに母親についていく選択をするのだ。
そうすれば、後に佐藤栞とも会わなくなる。
所長の娘だった彼女は、オプショナル・シフトの失敗により、とある昭和通りの交差点で幽霊となっている。
幽霊である。
実験の失敗で幽霊となって漂っているのだ。
とにかくもだ。
7歳のときの選択を変えれば、彼女に出会うこともない。
結果、失敗によって彼女が幽霊となることもない。
しつこいが、幽霊だ。
最新の科学技術の果てに幽霊となってしまったのだ。
幽霊の彼女を救って、幸せな人生を過ごさせるためには、67年前へオプショナル・シフトすることが最良だと判断して、一生をかけて研究していたのだった。
新しいオプショナル・シフトの装置は完成。
67年前への移動にも成功。
これには、部下の滝川和音の協力も大きい。
だが、なにかがおかしい。
日高は、幽霊になっている自分に気がつく。
昭和通りの交差点だった。
が、なぜなのか、自身が誰なのか、それもわからない。
誰かを待っているのは確かだった。
「僕が愛したすべての君へ」
ネタバレあらすじ
並行世界が一般常識となった、そのうちのひとつの世界。
73歳の日高暦は、癌に冒されていた。
余命はわずか。
在宅死を望んでいる。
妻、息子夫婦、孫に囲まれて過ごしていた。
その妻の和音は、勤めていた虚質科学研究所での部下。
どの並行世界であっても愛する、と2人は誓って結婚した。
平穏に暮してきて、幸せな人生だったと言いきれるが、ひとつだけ気がかりなことがある。
3日後の8月17日だ。
午前10時に「昭和通りの交差点」というスケジュールが、手首にある端末のカレンダーにメモリーされている。
が、その予定には、何の心当たりもない。
当日となった。
電動車椅子で、その交差点にいってみる。
午前10時になったが、誰も現れない。
もう少し待ってみようか、と思っているうちに急に癌の痛みが襲ってきた。
取り出した薬のケースは、路上に落としてしまう。
視界がぼやけていく。
すると知らない老婦人が声をかけてきて、ケースを拾い薬を飲ませてくれた。
体調は落ち着いた。
お礼を述べて、少しの会話のあと、2人は自然に笑い合う。
どこかで会ったことがあるのか?
名前を訊き合ったけど、やはり、お互いに記憶にない。
老婦人は、なんとなくこの辺に来たくなって散歩をしていたとのこと。
なんだか日高は、幸せな気持ちになる。
老婦人も「幸せですよ」と、唐突な質問にも嫌な顔をすることなく答えた。
幸せな気持ちのまま、老婦人とは別れた。
老婦人は佐藤栞である。
この世界では、彼女は幸せに生きていたのだった。
しかし、日高がそれを知らないのは、7歳の選択が変わっていたからだった。
日高は帰宅する。
妻の和音が庭でお花の水やりをしている。
こうして幸せなのは、和音がいたからだ。
「・・・僕が愛したすべての君へ、この喜びを伝えたんだ。君がいてくれたから、僕は今、こんなに幸せですって」
和音は微笑んだ。
家の中からは孫の声が聞こえる。
2人は家の中に戻っていった。