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【書評】ジョン・ファウルズ『アリストス』

 序にいわく、「アリストス」とは古代ギリシャ語で、「与えられた状況のための最良の者」というほどの意味だそう。
 生きている誰しもが今という状況と向き合っている。その人なりの人生観や世界観を作りつつ、都度の出来事に対処している。著者ファウルズもまたそうで、この本は「1950年代に、一人のイギリス青年と世界とが出会ったさまを記したもの」である。
 彼によれば時代は暗い。彼はこう言う。
 「この世紀は、ちょうど18世紀のように、全面的な生産に向かって進みつつあり、私たちは1984年よりもむしろ1989年を、不吉な予感とともに見つめるほうが賢明なのかもしれない。悲しいかな、共産主義社会であれ、資本主義社会であれ、現今のアンシャンレジームには、この本で語られたことの大半について、私を恥じ入らせるような自体はどこにも見当たらないのである」
 そう、これは卓見が書かれた本だ。
 各章の見出しはよくある啓蒙書のような言葉が並んでいる。「人間の不満」「善を行うこと」「金という憑き物」「新しい教育」など。
 でも中身は陳腐ではない。彼は小説『コレクター』を書き、誘拐者と監禁者の語りを交換させて人間が生きる条件を考察している。それは大変な力業である。
 我々はアリストスになるべきだ。それが著者の主張である。それは、いかなる組織にも所属せず、いかなる国家、階級、教会、政党も必要としないことを条件とする。いかなる制服も象徴もまた不要だ。そう彼は言う。
 ほとんど不可能なことに思える。だがそうすべきだ。自分にかかわるすべてについて自分で考え出した意見を持ちたい。他人の考えではなく。私は説得させられた。

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