見出し画像

【書評】養老孟司『からだの見方』

養老孟司 『からだの見方』を読む

 著者によれば脳は本来<共有>のための道具なのに、誰もがそれを<個有>のものと思い違いしている。近代自我はそこで壁にぶつかる。そう、バカの壁だ。著者はまた、脳はまねることしかしないと言う。近代社会の全体が似かよっているのはそのせいだと。

 たしかに現代は「脳化社会」だ。唯脳主義者たちが都市化と人工化をどんどん進め、自然を切り刻んでいる。人間は身体という自然を有しているが、そこにも脳化は及んでいる。病の克服、死の拒絶。どこまで行くのか?

 科学が進み、技術が進めば、それによって明るい未来が描き出せる。そう考えるのは錯覚だと著者は言う。生活水準が向上し、物質的な豊かさに囲まれても人間はそれを必ずしも幸せとは感じない。人間はいつでも境遇に反発し、対抗する。人間には自己保持の本能と他の人間とつながろうとする本能を合わせ持つ。その行動は恣意的だ。いつもベストの選択をするわけではない。人間は身体的自然を持ち、広大な精神領域を持つ生き物なのだ。
 そんな人間への理解を欠く文明は必ず滅びると著者は断言する。AIは人間の核へは切り込めない。アンドロイドはどんな夢も見ないのである。
 であれば、必要なものは?

 「マナーや道徳を教えてもダメだ。人間への理解はある種の真剣な苦労からしか生まれてこない。われわれは詮議、物質的な苦労をできるだけ排除してきた。それはそれでよい。しかし、精神的な苦労もまた、知らず知らず排除してきたのであろうか。その結果、人間の理解を欠く人間を量産してきたのだとすれば、将来を憂慮するしかない」

 この解剖学者で虫屋でロマンチストの述懐はずっしり重い。

からだの見方 (ちくま文庫 よ 6-3) 文庫 – 1994/12/1

Amazon.co.jp: からだの見方 (ちくま文庫 よ 6-3) : 養老 孟司: 本


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?