田中洋勲

田中 洋勲(たなか ひろふみ)■1954年、福岡県に生まれる。 ■久留米高専工業化学科…

田中洋勲

田中 洋勲(たなか ひろふみ)■1954年、福岡県に生まれる。 ■久留米高専工業化学科卒業後、さまざまな職業を経て小説家に。 ■これまで「淋しい惑星」「天空ドップラー効果」「万有引力」「ミスターP.C」「星よりひそかに」を刊行

記事一覧

【書評」R・D・レインの転生

 「私は人間内部の世界に関心があり、それが荒廃していくさまを日夜目にしているから、なぜそういうことが起こるかを知りたい」  それが彼の動因だった。グラスゴー大学…

田中洋勲
1日前
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【書評】スラヴォイ・ジジェク「大義を忘れるな」

 著者は日本についてつぎのように述べる  「一七世紀初頭、幕府が確立したあとの日本は、外国文化から自己を隔離し、バランスのとれた再生産を旨とする自己充足的生活を…

田中洋勲
1日前
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【書評】ウォルト・ホイットマンの詩と評論

 彼は本を自前で作って売り歩いた。『草の葉』の刊行は増補改訂を重ねながら九度なされた。アメリカの精神風土を高らかに語ったその本は、時代の変化によって内容も変わっ…

田中洋勲
2週間前
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【書評】クリス・ヘッジズ『戦争の甘い誘惑』

 戦争が終わると、我々は精神の虚脱状態に陥る。財産も、街も、それだけではなく愛するものまでもが、徹底的に破壊されてしまい、同義や社会的責任が失われてしまったこと…

田中洋勲
2週間前
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【書評】ヘンリー・ミラー『わが生涯の書物』

 「ぼくがはじめてランボーという名前を耳にしたのは三六歳の時だった。ぼくは『地獄の季節』にどっぷり浸り、『酔いどれ船』と『イルミナシオン』の暗示を受け取った」 …

田中洋勲
2週間前

【書評】ロバート・パットナム『われらの子ども』

 著者は言う。 「私は『孤独なボウリング』で米国人のコミュニティが確実に衰退していることを明らかにする証拠を積み上げていった。棟上げ会、アップルカッティングパー…

田中洋勲
1か月前
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【書評】与謝野晶子訳・注解 紫式部日記

 「今自分のいる部屋というのは、黒く煤けた一室で、十三絃の琴と七絃の琴とか時々弾かれるものでありながら、自分の不精からアメの二には気をつけて琴柱を倒しておけと侍…

田中洋勲
1か月前
2

【書評】ルース・ベネディクト『菊と刀』

 「20世紀の問題点のひとつは、私たちは何が日本をして日本人の国たらしめているかだけではなく、何が合衆国をしてアメリカ人の国にしているかについても、いまだにこの…

田中洋勲
1か月前
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【書評】宇野常寛・濵野智史「希望論」

 一方にジョージ・オーウェル的「ビッグ・ブラザー」の権力像を物語り以上に真に受ける人たちがいる。そしてもう一方には村上春樹によって描かれた「リトル・ピープル」の…

田中洋勲
1か月前
6

【書評】デヴィッド・グレーバー『万物の黎明』

 「現代の社会的不平等の起源はどこに?」  それを解き明かそうとしたのがこの本だ。著作者の立脚点は人類学。  「人類史のなかで、なにかがひどくまちがっているとし…

田中洋勲
1か月前

【書評】白川静『字統』の理念

 白川静とは何者だったのか、中国人がなし得なかった感じの体系的な成り立ちを明らかにした人だ。  甲骨文字から現代に到るまで、感じは3500年の歴史を持つ。象形がいま…

田中洋勲
1か月前

吉本隆明の疎外概念

 それはおそらくマルクスに由来する。『経済学・哲学手稿』の一文を引く。  「人間の肉体的および精神的生活が自然と連関しているということは、自然が自然自身と連関し…

田中洋勲
1か月前
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【書評」デヴィッド・ハーヴェイ『資本論入門』 

 よく見かける啓蒙書のひとつとして読んだ。おかげで頭の中が整理された木がいた。それらを書き並べてみる。  まずはマルクスの考えの要所はどこかということだが、著者…

田中洋勲
1か月前
1

ル・コルビュジエの遺物

 「わたしは多くの国々に行き、多くの人々と語り合った。わたしには理念があり目的があった。わたしは多くの病める声を聞いた。貧困があり階級があり差別があった。わたし…

田中洋勲
1か月前
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チェスタトンの悟り

 「おとぎ話はふたつの確信を私の中に植えつけていた。第一に、この世界は実に不思議な驚くべき世界であって、今とは全く別線になっていたかもしれない世界、しかし同時に…

田中洋勲
1か月前
5

【書評】ジョン・ファウルズ『アリストス』

 序にいわく、「アリストス」とは古代ギリシャ語で、「与えられた状況のための最良の者」というほどの意味だそう。  生きている誰しもが今という状況と向き合っている。…

田中洋勲
1か月前
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【書評」R・D・レインの転生

【書評」R・D・レインの転生

 「私は人間内部の世界に関心があり、それが荒廃していくさまを日夜目にしているから、なぜそういうことが起こるかを知りたい」
 それが彼の動因だった。グラスゴー大学医学部を卒業後、精神科医として英国陸軍に勤務、その後グラスゴー王立精神病院で臨床経験を積んだ。
 「分裂病は定義できない。一般化もまた。それを患者のせいにしているだけ」それが彼の知り得たことだった。精神を病むことは、当人の脂質に帰せられるよ

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【書評】スラヴォイ・ジジェク「大義を忘れるな」

【書評】スラヴォイ・ジジェク「大義を忘れるな」

 著者は日本についてつぎのように述べる
 「一七世紀初頭、幕府が確立したあとの日本は、外国文化から自己を隔離し、バランスのとれた再生産を旨とする自己充足的生活を追求するというユニークな集団的決断をした。そのため日本は、文化的洗練に専心し、野蛮な拡張策には向かわなかった。一九世紀半ばまで続く以後の期間は、本当に、日本がペリー提督率いるアメリカ艦隊によって無理矢理目覚めさせられた分離主義的な夢にすぎな

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【書評】ウォルト・ホイットマンの詩と評論

【書評】ウォルト・ホイットマンの詩と評論

 彼は本を自前で作って売り歩いた。『草の葉』の刊行は増補改訂を重ねながら九度なされた。アメリカの精神風土を高らかに語ったその本は、時代の変化によって内容も変わった。
 「おそれるな、おお、詩神よ!たしかに新しい習俗と日々があなたを迎え、取り巻く。正直に言うが、ここにいるのは新しくて奇妙な人種だ。しかし、それでもやはり昔と変わらぬ人間の種族、内側も外側も同じで、顔も心も、気持ちも同じ、憧れも同じ、愛

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【書評】クリス・ヘッジズ『戦争の甘い誘惑』

【書評】クリス・ヘッジズ『戦争の甘い誘惑』

 戦争が終わると、我々は精神の虚脱状態に陥る。財産も、街も、それだけではなく愛するものまでもが、徹底的に破壊されてしまい、同義や社会的責任が失われてしまったことに気づかされる。利用され、使い捨てられたという思い。社会を食いものにした連中は逃げ出したか殺されたか。それとも戦争の利益でぬくぬくと生きているかだ。
 戦争が終わると、被害者と加害者の区別がなくなる。苦しみは同じだ。戦争の犠牲者の存在は、自

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【書評】ヘンリー・ミラー『わが生涯の書物』

【書評】ヘンリー・ミラー『わが生涯の書物』

 「ぼくがはじめてランボーという名前を耳にしたのは三六歳の時だった。ぼくは『地獄の季節』にどっぷり浸り、『酔いどれ船』と『イルミナシオン』の暗示を受け取った」
 それで彼はどうしたか。妻子と仕事を投げ捨ててパリに旅立った。ランボーは文学を人生に返上したのだが、ミラーはその逆を行ったことになる。
 彼は作品と作者に深く同化する読者だった。自己投影が彼の読みかただった。彼は本にのめり込み、書き手を賞賛

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【書評】ロバート・パットナム『われらの子ども』

【書評】ロバート・パットナム『われらの子ども』

 著者は言う。

「私は『孤独なボウリング』で米国人のコミュニティが確実に衰退していることを明らかにする証拠を積み上げていった。棟上げ会、アップルカッティングパーティ、草の根運動、パブ、選挙投票率、宗教団体、どれも減少の一途である」

 そしてこう指摘する。

 「リベラル民主主義の成功と思われたものが実は社会制度の解体であり、社会的、文化的前提が風化してきたと疑うに足りる現象が起こっている」

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【書評】与謝野晶子訳・注解 紫式部日記

【書評】与謝野晶子訳・注解 紫式部日記

 「今自分のいる部屋というのは、黒く煤けた一室で、十三絃の琴と七絃の琴とか時々弾かれるものでありながら、自分の不精からアメの二には気をつけて琴柱を倒しておけと侍女達に命じることもしないでいるので、塵がいっぱいに積もっている。琵琶はまた置棚と柱のうしろへ上のところを突込んだまま一つは右に倒れ、一つは左に倒れている。大きい一揃いの置棚の上へ隙間なしに置かれてあるのは、一つの方は歌書と小説類の古い本で、

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【書評】ルース・ベネディクト『菊と刀』

【書評】ルース・ベネディクト『菊と刀』

 「20世紀の問題点のひとつは、私たちは何が日本をして日本人の国たらしめているかだけではなく、何が合衆国をしてアメリカ人の国にしているかについても、いまだにこの上なく漠然とした偏った見方しかできていないことです」

 本を書き上げて、著者はそう述べている。己を知り、敵を知ること。それが兵法の教えだが、彼女は戦略かでもなければ政治家でもない。それなのに、いや、それゆえに白羽の矢が立った。

 「19

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【書評】宇野常寛・濵野智史「希望論」

【書評】宇野常寛・濵野智史「希望論」

 一方にジョージ・オーウェル的「ビッグ・ブラザー」の権力像を物語り以上に真に受ける人たちがいる。そしてもう一方には村上春樹によって描かれた「リトル・ピープル」のイメージを持つ人たちがいる。
 現代は後者の像が拡張されているように見える。つまりオーウェルが示した国家イコール疑似人格的な権力観はもう過去のもので、いまは非人格的なシステムの自己増殖が見えない権力を生んでいるという説だ。リトル・ピープルは

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【書評】デヴィッド・グレーバー『万物の黎明』

【書評】デヴィッド・グレーバー『万物の黎明』

 「現代の社会的不平等の起源はどこに?」

 それを解き明かそうとしたのがこの本だ。著作者の立脚点は人類学。

 「人類史のなかで、なにかがひどくまちがっているとしたら――そして現在の世界の状況を考えるならば――そうでないと見なすのは難しいのだが――おそらくそのまちがいは、人びとが異なる諸形態の社会のありようを想像したり実現したりする自由を失いはじめた時から始まったのではないか。おそるべき想像力の

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【書評】白川静『字統』の理念

【書評】白川静『字統』の理念

 白川静とは何者だったのか、中国人がなし得なかった感じの体系的な成り立ちを明らかにした人だ。
 甲骨文字から現代に到るまで、感じは3500年の歴史を持つ。象形がいまに生きている。そのなりたちから現在と未来の姿を展望すると、何が見えるか。
 「象形文字は世界の模型だ」と白川は言った。「文化の上からは世界は、印欧系、アラブ系、東アジア系に三分され、うち東アジアだけが最も原始的な文字を持つ。そして宗教を

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吉本隆明の疎外概念

吉本隆明の疎外概念

 それはおそらくマルクスに由来する。『経済学・哲学手稿』の一文を引く。
 「人間の肉体的および精神的生活が自然と連関しているということは、自然が自然自身と連関していること以外のなにごとも意味しはしない。というのは、人間は自然の一部だからである」
 つまり疎外とは、自然の一部でありつつ、ひとつの精神でもある人間の矛盾だ。精神すなわち意識は、意識的存在以外の何ものでもなく、存在は意識なくばただの存在。

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【書評」デヴィッド・ハーヴェイ『資本論入門』 

【書評」デヴィッド・ハーヴェイ『資本論入門』 

 よく見かける啓蒙書のひとつとして読んだ。おかげで頭の中が整理された木がいた。それらを書き並べてみる。
 まずはマルクスの考えの要所はどこかということだが、著者によればつぎのこと。
 (一)貨幣がどのように古代の共同体を解体し、自らが共同体的な存在になっていったのか。
 (二)商業の発展は必ず使用価値から交換価値へと向かうものなのか。
 そしてマルクスの考えが及ばなかったことが今日出現しているのだ

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ル・コルビュジエの遺物

ル・コルビュジエの遺物

 「わたしは多くの国々に行き、多くの人々と語り合った。わたしには理念があり目的があった。わたしは多くの病める声を聞いた。貧困があり階級があり差別があった。わたしは解放の唯一の道を説いた」
 この言葉は革命家ではなく建築家が発したものだ。彼の名前はル・コルビュジエ。強い社会変革の意思を持ち、それを建築によって具現化しようとした。その彼が労働者のための集合住宅を設計することになった。
 マルセイユに<

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チェスタトンの悟り

チェスタトンの悟り

 「おとぎ話はふたつの確信を私の中に植えつけていた。第一に、この世界は実に不思議な驚くべき世界であって、今とは全く別線になっていたかもしれない世界、しかし同時に全く異様に歓びに満ちた世界だという確信。第二に、この不思議と歓びを前にしては、現実の制限に従わなければならないという確信。このふたつだ」
 そのチェスタトンの少年時代の確信は大人になるにつれて揺さぶられることになる。1874年生まれの彼を揺

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【書評】ジョン・ファウルズ『アリストス』

【書評】ジョン・ファウルズ『アリストス』

 序にいわく、「アリストス」とは古代ギリシャ語で、「与えられた状況のための最良の者」というほどの意味だそう。
 生きている誰しもが今という状況と向き合っている。その人なりの人生観や世界観を作りつつ、都度の出来事に対処している。著者ファウルズもまたそうで、この本は「1950年代に、一人のイギリス青年と世界とが出会ったさまを記したもの」である。
 彼によれば時代は暗い。彼はこう言う。
 「この世紀は、

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