勧誘されたから理詰めした

お掃除系の会社で働いている。職場に友達はいない。僕は無口で黙々と動くロボットだ。

しかし、いい働きっぷりと評判である。仕事場で喋らないのは、なにも嫌いな人がいるからではない。むしろ、こんな僕を気にかけてくれるいい人ばかりなので、どちらかと言えば皆好きだ。

僕は喋らないのではない。喋れないのだ。そもそも僕は他人への興味が薄い。無意識では疑問も生まれてこない。これはなにも僕や他の喋らない奴に限ったことではないが、些細な話でも努力が必要なのだ。

それに加えてプライドの問題もあると思う。変な奴と思われたくない。できれば“喋らない奴“の称号も欲しくはなかった。

何かを喋れば、そのリアクションは想像できる。できてしまう。してしまう。大抵はネガティブなものだ。それならばと口を閉ざしてしまう。僕の喋れないロジックはこんなところだろう。

今の僕に必要なのは嫌われる勇気なのかもしれない。だからと言って必要に嫌われに行けば、それはただの"めんどくさい奴"だ。

あの書籍のベストセラーの裏で、どれだけ"めんどくさい奴"が量産されたか分からないが、僕はその一員になるつもりはない。

手に入れるべきは高いプライドであろう。

変に思われたとしても崩れることのない高いプライドを。意固地になって守らなくても崩れないプライド。馬鹿にされても、共感されなくても、失敗を披露しても、それこそ土下座をしても崩れない高いプライドがほしい。もちろん嫌われても崩れないプライドだ。

それは経験や実績で身に付くものだ。僕が会社でおろおろしなくなったのも、プライベートでいろいろと頑張った結果だと思う。以前よりもすこしだけ高いプライドを手に入れていたのだ。

そう考えると一つの疑問も生じる。逆にこちらから嫌いになり今後の関係性も絶ちたい場合は、高いプライドが無くとも喋れてしまうのではないだろうか。その答え合わせは唐突に訪れた。

知らない女性と会う約束をしてしまった。下心があったわけではない。大事なことなのでもう一度言っておく。下心があったわけではない。

僕は草野球部のキャプテンだ。雑用を一手に引き受ける幹事でもある。試合のお誘いや入部の申し込み、お試しの見学など、面識のない人から連絡をもらうことも珍しくない。

この約束もその一環だ。大事なことなのでもう一度言っておく。下心があったわけではない。

昼過ぎの駅前ロッテリア。そこが待ち合わせ場所だ。相手は2人。美人さんとおばちゃん。そこで悟った。間違いなく勧誘だ。どこかで聞いたことがある。宗教やマルチ商法などの勧誘は2人組で行うと効果的だそうだ。おそらく僕に待っているのは穏やかな理詰め。下心につけ込んだ洗脳。のぞむところだ。全開の屁理屈で乗り切ってやる。

お話が始まった。どうでもいい雑談が飛んでくる。ここでも僕は聞き役だ。だがすでに帰りたい。となりの席の女子高生2人がにやにやしながらこちらに聞き耳を立てている。隠す素振りすら見せない。おもしろいエンタメでも見つけたかのようだ。

「タモツさんは困ってることとかないの?」。質問が来た。不思議と焦りはない。おそらく僕は彼女に対して関係性を絶ちたいと思っているのであろう。変に思われようがどうでもいい。いってみれば無敵の人だ。

「ないですね。あるとすれば今すぐ帰りたいです」と即答。なかなかの冷徹ぶりに自分が少しびっくりしたが、罪悪感は無かった。

そこから彼女の武勇伝が始った。まとめると『なかなか就職できなかったが、お祈りをはじめたら就職できた、だからタモツさんもお祈りをしよう』とのことだった。

お断りした。彼女が就職できなかったのは実力不足。それを『お祈り』というチートで可能にしてしまった。ということは就職できるはずだった人が1人落ちたことになる。会社としても実力不足の人が予定外に入ってしまった。つまりは彼女の幸せのために多くの人がすくなからず不幸となったわけだ。それを簡潔に彼女へ伝えた。「僕はその罪悪感に耐えられないので、お祈りはできません」。

彼女は止まった。重い空気が立ち込める。となりの席の女子高生たちは爆笑してた。その空気を切り割いたのはおばちゃんだった。「はぁー… いいですかタモツさん」おばちゃんの大きな溜息で第2ラウンドは始まった。

死後の世界的な専門用語が乱れ飛んでくる。ハイコンテクストを使いたがる気持ちは分かるが、それにしてもひどい。結果、おばちゃんの主張はよくわからなかった。ごめんなさい。止まっていた彼女も必死に耳を傾けていたが、一向に納得した気配は感じ取れなかった。

僕は1つだけ質問してみた。「それでは、お祈りをしたから就職できたわけではないんですね?」。おばちゃんはニコリとして答えた「そうです。彼女が就職できたのは実力です。お祈りは関係ありません」。

一瞬、彼女がおばちゃんを睨んだように見えた。ふたたび重たい空気がのしかかる。この一連のお話はなんだったのか。きっと僕の理解が及ばないところでロジックは繋がっていたのであろう。あいかわらず隣の席の女子高生は爆笑してた。

そこでお話は終わった。やっと解放される。飛ぶ鳥跡を濁さず。僕は便利な言葉を知っている。「ありがとうございました」。結局僕は無敵な人になりきれなかった。関係を絶ちたいと思った人でさえ、穏便にことを済まそうと思ってしまったのである。

ただ、別れの挨拶もせずに無言で立ち去った人がいた。彼女だ。仲間に信じていたものを否定されて無敵な人に変貌してしまったようだ。嫌われる勇気をゲットした彼女。すこし寂しい。僕の下心もそこで完全に消えたのである。

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