ボーリングでやらかした

お掃除系の会社に就職した。けれども任される仕事は多岐にわたる。とある日も、オーナーから上司を経由して新たな依頼が舞い込んだ。

「ちょっとタモツ君を借りてもいいかな」。ふたつ返事で了承するノッポの姉さん。僕に選択肢は無かった。なんでもオーナー会社側で懇親目的のボウリング大会が開催されるらしい。頭数を揃えるための人材も必要だったというわけだ。

「◯◯さんもいいかな」。オーナーに聞かれたノッポの姉さんは、僕より4つ上のかわいい先輩に了承を求めた。こんなところで発露される格差社会。「いきたーい」。かわいい先輩も参加そう。たのしいボーリング大会になりそうだ。

かわいい先輩にお声が掛かった理由は察しがつく。華やか担当だ。美人がいるだけで大会の格式は一段上がる。申し訳ないがノッポの姉さんやもうひとりの先輩姉さんでは上げられないものもある。

かわいい先輩は天真爛漫系の美人だ。スポーツ系の大会には相性もいい。世間は残酷だ。こんなところにも格差社会は存在した。

僕に声が掛かった理由も察しはつく。モブ要員だ。目立つことなく、その他大勢を演出するための人員。僕に最適の役割だ。演出も必要ない。ありのままの自分でいれば良いのだから。

だが、いたずら心にも火はついた。おそらくボーリングも下手と思われているのだろう。陰キャでオタクなかっこをしてたら誰でもそう思う。

けれども僕の運動神経は人並みで悪くはない。ボーリングのスコアも200を超えたことも何度かある。一企業の懇親会レベルの大会でそこそこ活躍することは造作もない。

役割的には大人しくしている必要がある。でも、陰キャがハイスコア出したらおもしろいかもしれない。

ゲームは始まった。役割も増えた。急にキャンセルが入ったので、僕は2人分のスコア表を埋めなければならなくなった。のぞむところだ。

初回から順調。絶好調。ストライク先行で進むゲーム。このまま行けば200も射程距離。ニヤニヤしてしまいそうな僕はすこぶる気持ち悪い奴。ポーカーフェイスだけは守った。

「タモツ君、もっと抑えないとやばいよ~」。オーナーの叫びも聞こえた。「表彰式とか景品もあるからさ〜」。どうやら上位に入ると皆の前で表彰されるらしい。

それは困る。赤面、冷汗、吃音、全部くる。想像しただけでもゲロ吐きそう。何も言えずにオドオドしてしまう自分がリアルに想像できてしまう。

これは方針転換。ドッキリを仕掛けてる場合ではない。狙うはガーター。あからさまなガーターを連発。不審に思われないように投球後は首を傾げておいた。

おかげで最終スコアは136と119。完璧なモブ的スコア。もちろん表彰もなければ景品をゲットすることもない。役割を全うできたというわけだ。

ただ、その苦労は必要のないものだった。最終スコアで200を越えし者は多数。優勝者に限っては264というスコアを叩き出していた。もう、プロなんですかと。

聞けば周りもさほど驚いてはいない。これが普通。一企業の懇親会で行われるボーリング大会のレベルとはこれだった。

認識を誤った。井の中の僕は大海を知らず。「活躍することは造作もない」と思ってしまったことを恥じた。穴があったら入りたい。

もうひとつ認識を誤っていた。かわいい先輩にお声が掛かった理由だ。華やか担当ではなかったのだ。真実は僕の保護者。ひとりでおどおどされても困るからと、僕に対するオーナーの配慮だった。

穴があったら入りたい。そこに格差社会など無かったのだ。あったのは僕という差別者。今回の件、不参加だったお姉さんふたりには心底謝りたいのである。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?