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第二走目:車で走った方が速い

2023/08/18
7.0 から 8.5km
20分。

今日も今日とて走るのが辛い。
辛くてもランニングハイになるまではやめるわけにはいかない。記録上はまだ2日目。書き始めましたと先輩に言ったらブックマークしたとラインがきた。やばい。続かなかくなったら考えましょうとも書いてた。絶対やばい。踵で分断されて肉屋に出荷される!そして貧乏な家のすき焼きになるのだ。
どっぷんと生卵に漬けられて歯のないジジイの口の中に入っていく。同様に何故か歯のない子どもがジジイの顔を見ながら「何だかこのお肉脂身多いね」と言いながら口に入れる。「安かったのよ」と歯のない母が笑う。ワハハハ。つぎはぎだらけのちゃぶ台を取り囲む家族が笑う。全員歯がないから口の中が真っ黒だ。怖い。すき焼きも怖い。早く「ワークアウト開始」ボタンを押そう。

私は辛い、苦しい、怖い、悲しい、空腹、怒りを感じる時、歌うか音楽を聴いて誤魔化す習性がある。今日はその習性に従うことにした。とりあえず走ると言えばF-1のテーマである。

私がキメるための音楽と言っても過言ではない。
自称・西日本のシューマッハ、峠破りのベッテル、ルールは守るが心はアロンソ。数々の異名を恣にする私はこの曲に気分が上がった。
鏡を見るとさっきまで単に動かしていただけの私の足が前へ蹴るように伸び後ろに引くを繰り返している。逆にベルトの根の板目を踏みかけて危ない。0.5kmスピードを上げる。うほーリズムとステップが合い出した。気持ちがいい。

が、それも長くは続かない。音楽が終わるとともに私の中のシューマッハが走り去っていくのを感じた。グッバイ、シューマッハ。鏡の中の私の足が再び機械的に前後しているだけになる。あと15分走らなければならない。仕方がないので、グランツーリスモのテーマを流すことにした。

この曲はグランツーリスモというレースゲームのテーマである。この曲を聴くと無条件に血肉が沸き立つ。私の人生を変えた曲と言っても過言ではない。事実、このゲームで得たドライビングスキルで突然の後輪パンクからのスピンに対応でき事故を免れたことがある。
また、高校時代このレースゲームにのめり込みんだ私をみて何を勘違いしたのか競艇の選手にならないかと養成所の資料を渡した母を、私は忘れはしない。私は走れたらなんでもいいわけではない。現に今走るのが嫌で仕方がない。

しかし、導入の歌声の部分を聖歌のように聞き入った後、鏡の中の私の顔がキッと変わったのが自分でも分かった。あー、ギアが入ったのだ。1km分スピードを上げた。8.5km。食後に走るスピードではないが、レース本能だけで足が動く。
この曲も5分たらずで終わってしまう。あと8分。無計画にもほどがある。バカは罪。もはや携帯から鳴る音楽を好きに変えられない。私は「秒」を連呼するプロミスの広告を見ながら何故かいつもより速く足を前後させている。絶対今見るやつじゃない。心臓が痛い。だが、負けず嫌いがストップボタンを押す事を許さない。鏡の中の自分の顔を見る。明らかに3位以降を走っている時の表情だが、「スピードを下げるのは負けだぞ」と言っている。同意見だ。高校時代このゲームで学んだことは「どんなに負け戦でも一位のテールランプが見えているなら勝てる」だった。仕方がないので私は自身の体をレースカーであると思い込んだ。

回転するサスペンション、シリンダーへと流れるオイル、上下するピストン、摩擦で熱を帯びるタイヤ。
回転する呼吸、血管へと流れるカロリー、伸縮を繰り返す心臓、摩擦で熱を帯びる足の裏。

足の裏?そういえば足の裏が熱い。原付よりも遅いスピードで走りながらなぜレースカーに思いを馳せているのか。一体何をやっているのだろう。私はシューマッハだぞ。何の罪で自分の足で走っているのか。バカ罪か?
目の下に書いた汗でランニングマシンのライトが眩しい。手で拭うと泣いているようだ。扇風機が私の体の右側だけを乾燥させる。汗をかいてはカピカピになる。気持ちが悪い。アレクサに止めるように指示を出すが取り合ってくれない。

ぐだぐだと頭の中で愚痴っている間にあと2分になった。あとは無心で残り時間を睨み続ける。5,4,3,2,1。おっしゃ、終わり。床に降りると、走っていたランニングマシンに腰掛け、しばらく床に垂れる汗を見つめた。マシンのベルトが熱くて尻が焼けるようだ。さらに汗が吹き出る。

こうして風呂に入り、今こうして走ってる時の自分のバカを文におこしている。本当に何をしているんだろう。ランニングハイ来ないんだけど?いつ来るの?明日?

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