今の子供たちの将来?

もう人の親くらいの年齢になると、子供の気持ちなんて本当に分からなくなる。最も自分は親ではないし、子供もいないけど。

けど、自分が子供だった頃の記憶は絶対に忘れない。
うつになってからもう10年以上になるが、当時の記憶が大人になってからの嫌な記憶をプラスされ、毎日のようにぐるぐると頭の中をめぐり回る。
本当は忘れて快適な人生を送りたいのだが…

で、話は不登校(本当は忘れたいのだけれど、未だにこだわり続ける)と、今の子供は大変だなぁという話になります。

現在の不登校児童・生徒に関する扱いは、僕の子供の頃に比べ格別の感がある。

当時は中学でドロップアウトすると、高校への道がほぼ閉ざされていた。
もっとも当時も通信制高校はあったので、絶望的だったわけではないが、今ほどではない。
あの時、ほとんどの子供がなぜ学校へ行くことが出来たのか?今考えると本当に不思議だ。
現在、クラスに1人は不登校らしいが、それが普通なのではないかと思う。

今は小中学校で不登校になっても、公立の教育支援センターや適応指導教室、私立のフリースクールがあって学業の選択肢が多様になった。
高校進学も、公立の単位制高校や私立の通信制高校+サポート校といった、多様な学び方に対応した学校がある。
本当にうらやましい限りだ。

不登校から離れるが、昔と違い暴力教師も少なくなった(なくなったわけではなさそうだが)。
校内暴力も、一部マスコミに報道されるものの沈静化している。
まあ若いから暴れたくなることもあるだろうし。
いじめは相変わらずあるが、これはもう人間が絶滅しない限り存在するだろう。

僕から見れば「妬ましい」の一言に尽きる。
なぜ自分の時に実現しなかったのか?
いや、過去のことはもうどうでもいい。


けど、今の子供が過去の子供、つまり僕らの世代が子供だった頃の比べて、幸福かどうか?
自殺に関する資料をネットで拾い読みしていたが、1986年だけ急激に増えている。これは子供の数自体が多かった上に、某アイドルの自殺による後追い自殺が話題になったからだ。
その後はいったん減ったが、徐々に上昇している。子供の数が少なくなっているのに…。

昔は未来を語るとき「今よりきっと良くなる」と言われ続けたし、現に当時考えられていた未来技術の多くは実現した。
アメリカとソ連との冷戦は終わった。世界は一つになった。
一方でノストラダムスのようなオカルトな終末論が盛んだったが、どちらかと言えば現代社会に対する批判の意味合いが強かった。

だが、実現した未来は「今(当時)より良くなった」のだろうか?

大人たちがそう思い絶望を感じているのに、それが子供に影響を与えない方がおかしい。
ノストラダムスのような、訳の分からない代物に恐怖した子供だった我々の世代よりも、絶望感が強いかもしれないのだ。

日本社会はバブル崩壊後、転げ落ちるように経済力が低下し、長期間デフレと就職難に悩まされた。
そして、多様性や個性が叫ばれているが、実際は窮屈で排他的な社会になった。
けど、30年前に比べても絶望的な日本社会は、欧米諸国(一部の有識者が理想郷と宣伝する北欧諸国含む)に比べると、まだましなのだ(そう思いたい)。

海外もひどいありさまだ。
現在、ウクライナがロシアの侵略行為をうけて、両国が戦争をしている。
現在、パレスチナのガザ地区でイスラエル軍が侵略行為をしている。
アメリカと中国は、ほとんど意味のない対立をし、事実上の冷戦となっている。
ほか、戦争や紛争、国際対立などきりがない。
しかも日本は西側諸国に一員として、ひょっとすると戦争に駆り出されるかもしれない可能性もあるのだ。

環境問題もある。
グレダ某といった小娘には個人的には反発を覚えるが、彼女の同世代にとっては、環境問題は一種の恐怖なのだろう。
先に述べたノストラダムスより確実な恐怖。

われわれのような中年はもう社会がどうなってもいい、死んでもいいと思っているが、若者はそうはいかない。

未来はどうなるのだろうか?

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?