見出し画像

ともだち大作戦でちゅ

友人からのお題:ハムスターが高度に進化し戦闘用強化ハムスターを用いた闘ハム(通称ハムバト)が行われている世界で主人公と強化ハムスター達との愛と友情を描いた物語


ギャリッ!ギャギャギャギャギャ!!!
頬を熱い風がかすめたと思った刹那、目の前のアスファルトはナイフで切られたホット・ケーキのようにえぐれた。
舞い上がる粉塵の向こうで、赤い目が爛々とこっちを見据えている。
ハム・バトだ。
全く、休みの日に挨拶もなく仕掛けてくるなんて、相変わらず仁義のない奴らだ。
まあ、私もだけど。
周囲を見る。さっきまで都会の大通りのテラス席で昼下がりのランチ・タイムを楽しんでいた人々は、突然始まった暴力の気配から逃げようと、我先にと駆け出している。
天気は快晴。やや雲はあり。ハトが二匹、街頭から飛び立っていった。水道管の工事をしていた男性が、必死に同僚を地面の穴から引っ張りあげている。

再び、目の前の赤い双眸を見据える。
粉塵は晴れ、その姿を日の光のもとに表していた。
美しい鈍色に光る対特殊砲強化装甲に、マグマだろうが溶かせないであろう厚いキャタピラー。超防御型か。その硬い装甲と超重量とを、そのまま攻撃してきた相手へのカウンターの破壊力と変換する。手ごわい相手だ。
私がやる気になったのを感じたのか、その目がほんの少し、細く歪んだ。

今日の手持ちハムは二匹。おそらくは相手も手練れだ。仁義はないが、ハム・バトの流儀は心得ている。相手の目には、迷いも焦りも高揚も、ない。
ならば、こいつを使うしかないか。
私の気持ちを察してか、腰に巻いた繊維強化プラスティック製の特製ケージがカタカタと揺れる。

「いくよ、ハム太郎」

「へけぇぇぇええ!!!(Hell Kill)」

私の言葉に返事をするかのように、ハム太郎が吠え、米軍の爆撃をものともしない特注ケージを弾き飛ばし、姿をあらわした。

【神界超羅刹獣・壱ノ業 ハム太郎   -現界-】


「今日の体調だともって3分ってとこ。なるはやでいくよ!」
「Yeaaaaaauuuch!」
ハム太郎の出現と同時に、相手の装甲に青い光が溜まり始める。遅効型の強化術式だ。あれが完成してしまうとかなりきつい。
「下から攻める!」
私の叫びに呼応して、ハム太郎の手足がガゴンと唸り声をあげ、伸びる。
蜘蛛脚型になった手足は多数の節と、それを繋ぐ超硬度ファイバーで構成されている。触れれば人の首など軽く吹き飛ぶ、ピアノ線トラップの塊だ。

「KUSHIKUSHIKUSHIKUSHIZASHIIII!!!!!」
相手の隙を付き、地面とキャタピラの僅かな隙間から本体のコアを狙う作戦だ。威嚇射撃を掻い潜り、背後に回り込む。振り向いた瞬間の脚部の拗れにハム太郎の強化炭素爪剣が突き刺さった…と思った瞬間、爪は相手の重量に押しつぶされ、一枚の薄い板と化した。

「ヘギャアアアア!!」
「やはり、固いな」

この街中では”あれ”は打てない。
しかし、この装甲を無手で突破するには骨が折れる。先月の武闘会のせいで体調も万全ではない。ならば、ハム・バトラーの心臓を止めるしか、ない。
戦闘用ハムは食料を必要としない。代わりに、飼い主(マスター)の鼓動(コア)をエネルギーとして生きる。
必ず近くにマスターがいる。
「ハム太郎、倒さなくていい!時間を稼いで!」
ハム太郎の伸びた脚が縮み、機殻が小さく変形する。スピードフォルムだ。一撃でも喰らえば終わり。その代わりに、スピードはF-20をもしのぐ。ゾウの周りをハチが飛び回るようなものだ。つまり、倒せはしないが、倒されもしない。

周囲を見る。人影はない。野次馬は残っているが、巻き込まれるのを恐れてかなり遠くにいる。あの距離ではハムは動かせない。100m以内にはいる。上?ここはオフィス街、建物の中に入られていたら厄介だ。
「ガラスを割ってCN弾を打ち上げろ!」
「ATTACHUUUUuuuuuu!!」
射撃で割れた窓ガラスが雹のように降り注ぐなかで、催涙弾が炸裂する。無臭の刺激ガスが立ち込めるなか、必死に目を凝らす。ビルの中に人影は、ない。

活動限界まで、もう1分を切っている。
不遜に立ちはだかる相手を見据え、気付いた。
一歩も、動いていない。
あの連射撃も、ガラスの雨も、ガスからも身を守ろうとせず、まるで、何かを守っているように。

「神経遮断ガスボム、用意!」
叫ぶや否や、ハム太郎が構える。
「打て……!」
放ったボムは、美しい放物線を描き、そして、我々の足元の下、下水道へ繋がっているだろう水道管の工事現場の大穴にぽとり、と落ちた。
爆発。
少しの間をおいて、鋼鉄の要塞は、静かにその場に崩れ落ちた。

  

「ハム太郎、お疲れ様」
手のひらサイズに縮まり丸まったハム太郎を掬い上げ、優しく撫でてから予備ケージに格納する。
相手の機殻は、既に崩壊が始まっていた。
マスターが死にかけているのだろう。完全に死ねば、そのまますぐに塵となるはずだ。
その前に、やらなければならないことがある。
機殻の崩壊を進ませないよう可能な限り優しく、ずりずりと動かす。
やはり、マンホールがあった。
ガスマスクを再度装着する。
蓋をどかし、ハシゴをつたって降りる。
目の前の床に、男が横たわっていた。
おそらくガスから逃げようときてハシゴを登っている時に麻痺し、落ちたのだろう。
顔は痛々しく血に塗れていた。
しかし、まだ死んではいない。かすかに胸が上下している。
「あなたのコア、頂いていきますね」
ハム・バトで相手のマスターを殺した場合、相手が所有するハムを全て引き取る決まりになっている。同時に、動力源となるマスターのコア、つまり、心臓も。
男は反応を返さなかった。もう耳も聞こえていないのか、それとも、死を、敗北を認めたくなかったのか。
「………しぃ……」
かすかな声がした。
声と言っていいかも危ういほど、小さな、うめきのような。
「……い、………ん」
ガスマスクを取り、顔に耳を近づける。
「…………すまない、こうしくん」
凍り付く私の前で、男は、その言葉と引き換えに息を引き取った。

「……ハム太郎、こうしくんのコア、回収したよ」
私のつぶやきに、ケージはぴくりとも動かない。損傷修復の冬眠に移行したのか、あるいは、友を偲んでいるのか。
空を見上げて、長い溜息を吐く。相変わらず、よく晴れている。避難していた人々も、ハム・バトが終わった気配を察して、動揺と興奮を引きずりながらも、さっきまでの日常に戻り始めている。

ハム太郎の仲間たち。
機殻化されたハムスターの中でも規格外の力を持つ、"ゴッド・ビースターズ"。
彼らのコアを全て回収し、横浜・港南区の地へと還すまで、私たちは死ぬわけにいかない。

「明日はもっと楽しくなるよね、ハム太郎」

誰に聞かせるでもないひとり言に、ケージがかたり、と、小さく頷くように揺れた。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?