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【スペイン北の道⑦】夫婦で歩くひとたち。

私が2023年夏に歩いたカミーノ・デ・コンポステラ、スペイン巡礼路の北の道ではご夫婦で歩く方たちがたくさんいらっしゃいました。
巡礼路では歩く時はもちろん、寝る時、食べる時も大勢がいっしょなので、夫婦の普段の生活が周囲の人たちに漏れ出てしまうことがありました。

すてきなベルギーのご夫婦のこと。巡礼路のカフェで何度かいっしょになっておしゃべりをして、ある日、大きなアルベルゲ(巡礼宿泊所)で同宿することになりました。食事テーブルで隣になって、いっしょにスープなど分けながらいただきました。お二人はフランス語を話していた(ように聞こえた)ので、私がフランスから歩いてきたことを伝えると、

「私たち、フランスじゃないの、ベルギーなのよ」と奥様。「スペインは、フロマージュ(チーズ)が足りないわ、残念。」
とのことでした。
ご主人は、いつか日本の熊野古道や四国のお遍路をしたいとのことでした。私が、お遍路の札所で撮影させてもらった納経帳への記帳、毛筆でサラサラ書きつける動画をお見せするとたいへん驚いて、ぜひ行きたい、何日で回れるか?との質問です。

私は男性なら40日、女性なら50日以上かかるだろう、と伝えると、
必ず二人でいきたい、彼女を一人にはしていけない、そして日本語で宿の予約を電話できた方がいいということも気にされていました。

巡礼宿泊所 男女分けはありません。公的な宿泊所は先着順であることが多いです。

ある日、泊りも同じ部屋でした。8基ほど二段ベッドが並ぶ部屋で、ご夫婦は縦に並んでやすんでいました。

翌朝、起きた時、奥様の方が、ご主人のベッドの方までベッド上を這っていって、チュー♡して、「起きてね」、とハグをするというのをされておりまして。
この部屋はすべてのベッドがいっぱいで、20代の若者たちが同じ部屋に泊っていたのですが、そんなおかまいなく、いつも通りになのです。

アストゥリアス州でのランチ。1.アストゥリアス風スープ(ポトフ風の煮込み)ソーセージ、ジャガイモ、多分豚肉、レタスの葉 ※塩味 2.メカジキ焼き 塩味 3.メロン 甘くはない

無意識の生活習慣がもれてしまって怖いこともあります。
巡礼の旅の最後の1週間で出会った韓国のご夫婦です。

私はこの旅で、アジア人にはほとんど会えてなくて、ようやく出会ったのが韓国のご夫婦でした。アルベルゲのキッチンで私が何かのタイミングで、あれ?みたいな日本語を言ったしまったようで。それで私が日本人だとわかったそうです。

この韓国人夫婦のご主人の方は、日本語がとても堪能で「あなた日本人?」私に尋ねられ、はい、と答えた。
ご主人は日本の企業で働いていたそうで、かなりちゃんとした丁寧な日本語を話せる方でした。
「あなたを奥さん、と呼んでもいいですか?」と尋ねられ、
日本人は女性への呼びかけ言葉がないんだな、と気がついたりもしました。
マダム、とか、セニョーラ、みたいな。日本語は奥さんしかない、私は奥さんじゃないけど、名前を読んでもらうほど親しくないし、彼もそれは困るだろう。

私はこの韓国人ご夫婦の奥さんとも話してみたかった。もう旅は残り一週間です、二人の旅はどんな感じだったのですか?と尋ねてみたかった。
でも、この奥さんは、韓国語以外、全く話せない。片言の英語も理解しない。ご主人が、私の言った日本語を少しでも伝えてくれたらいいのに、と思うのですが、そんなことには気が付かないのでしょう。悪気があるわけではない、彼は紳士な方です。

巡礼宿泊所の裏庭。全員、宿についたら洗濯をします。

奥さんは、ご主人以外とはおしゃべりできず、旅の日程作りやスケジュール交渉は全部ご主人がやってるらしい。
このご夫婦とは3回、同じ宿になったのですが、奥さんは、他の国の人とお話するでもなく、ガイドブックも見ないし、観光はご主人と一緒。他に何もやることがないからいつも洗濯をしている。洗ってキレイに干して、きれいに畳んで、ご飯の用意。
そして、一度も彼女の笑顔を見ることがありませんでした。

宿泊所では、誰でも気軽にハローとか、ブエンカミーノ(良い巡礼を!)とあいさつをするのですが、そこに加わることもなく、目を伏せて出発してしまいました。ご主人も、私に「奥さん」と言えるほど日本語が堪能なのに英語はできない。私は日本語を話せてありがたいことだけど、巡礼路では日本語より英語を覚えて!と思いました。


きみは、なにか粗相をしたのか

3回目、このご夫婦と同じ宿に泊まっとき、夕食が同じテーブルでした。
思い切って「おふたりはいつも仲良くて、奥様はお幸せですね、よい旅ですね」 と、奥さんの方を向いて言いました。奥さんは私が何と言っているかもちろんわからないけど、ご主人がちょっとは伝えてくれると期待して。
ご主人は、すこし照れたような複雑な表情をして、でも、何も伝えてくれなくて、残念でした。

別な韓国系アメリカ人女性にこのことを伝えると「韓国の男性はまだ、奥さんを自分持ち物にみたいに思っているの世代があるんだよ」と、私のパーカー紐と、彼女の服をしばりつけようとする仕草を見せました。
そういうこと、なのかな。

あの奥さんにとって、この巡礼の旅は楽しい思い出になったのかな。

でも、それはその人次第。
カミーノ・デ・コンポステラは、いろんな考えの、いろんな国の、いろんな人を受け入れる懐の広さがあります。
その時の体験を電子書籍で発売しました。
上記のエピソードは含まれていません。

私の「北の道」の話はこちらから↓


私の電子書籍の全内容はこちらから
またインスタグラムで旅の写真を配信しました。


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