玉置さんってなんでそんなに熱量持って仕事ができるんですか

後輩に言われた一言。熱量あることを強みと理解してもらえてたことがうれしい。ただ、私は自ら自分の強みは「熱量」です、とは言わない。なんか脳みそ無さそうに聞こえるし、(他人から言われるのはうれしいんだけどね。)


就活で「私の強みはみんなの元気の源です!」とか言って、全滅した失敗談があるから根性論を武器にするのはやめるようにしている。


でも確かに、どこに行っても自分以上に熱量高い人間にあんまり会わないかもしれないな…とは薄々気づいてた。
息を吸うように行動した結果、人より熱量が高いだけなんだよな…なんでだっけ。。。

1.弱肉強食という本能

「中学生時代バスケ頑張ったんだよ~」という母の武勇伝を聞かされ続けた私は、中学校に入学してなんの迷いもなくバスケ部に入った。

当時「ゆとり世代」と言われていたこともあってか、「ゆるく楽しめる部活」に人気が集中して、地獄のように練習がきついと噂の立っていたバスケ部に入部したのは当時の学年で80人中私だけだった。

そのため、私は3年生にとんでもなく可愛がられ、大事に育てられた。どの先輩も優しくて神様みたいな存在に見えた。3年生が引退する直前にバスケ部に転部してきた同級生が1人いたけど、引退するまで先輩たちはとにかく私を大事にしてくれてた。

ところが先輩の引退後、状況は一変した。

3年生が引退して、2年生が最年長となると、その学年を統括していた先輩2人が部活の空気を全部持っていくことになる。そして、私の存在が完全に無視されるというゲームが始まった。

練習に行っても2人ペアを組むときに誰ともペアを組むことができない、ぶつかっても存在していないので無視される。それに対して、後から転部してきた同期は、ひたすらに可愛がられた。たまに冷笑が起こり、確実にわざとやっているということだけは分かる。

恐らく、3年生から可愛がられ続けた状況への復讐だったんだろうけど、中学生だった私はそこから逃げる方法が分からなかった。

輪をかけるように顧問だった教員も、気の強い同期を買って「A子のプレーはいいな~」とデレデレ態度を変えるし(これについては後々別件で訴えられてた)部内でいじめが発生していることに気づいてたのかは知らないが、私に対してのコミュニケーションは最低限だった。

それでも1年耐え忍び、先輩が引退する夏、当然のように残された2名のうち、同期が部長、私が残されたポストである副部長を担当することになった。


人間関係は弱肉強食であることを知った。
弱い者は蹴落とされる。
これは揺るぎない動物的な本能の名残りなんだと思う。

2.弱者の成功体験

晴れて中学を卒業し、高校の部活選び。母の「バトン部かっこいいね~」という言葉にまんまと乗せられ(母の言葉の影響力エグイw)
女子校内でも最高に厳しいと噂のバトン部に入部することになる。(この時点で展開読めるw)

いわゆる女子体育会系だったバトン部は、練習も本当に厳しく、先輩から怒鳴られバトンが投げつけられたり、校則をやぶってないかチェックで不定期に招集され、リンチを受けるというような環境だった。

同期の中にはもともとバトンをやってたとか、ダンスをやってたという経験者は当然のように練習でも成果を上げ、先輩から可愛がられる仕組みになっていたけど、体の柔軟性のかけらもない、もちろん経験もないどんくさい私は恰好のターゲットだった。

それでも何とか見返してやろうと、自宅が近かった私は誰よりも先に朝練を開始して、誰よりも最後まで練習し、休み時間は常にバトンを回して技の練習、バキバキに硬かった体も泣きながら毎日柔軟体操を続けた。

すると、3年になる頃には当時最難関だった技が誰より先に決められるようになり、全国大会でセンターで踊れるまでに至った。

弱者でも努力すれば道は開ける、という成功体験をこの時に知った。
ただ、私の心には「存在意義」の欠落という恐怖がいつも隣り合わせとなる深い傷が残った。

いじめは、いじめられているその時も苦しいかもしれないが、その時は無我夢中で抗うことができないし、その後も深い傷を残して人生を大きく変えてしまうことになる。

3.自尊心の欠如

晴れて高校を卒業し、これまでの閉じ込められた環境から解き放たれたかのように、大学デビューを遂げる。髪は金髪に染め、彼氏を作るという世界があることを知る。

そして、自分に自信のなかった私は、悉く自分を蔑ろにしてきた。
生きているようで、「私」という人権は死んでいた。

ある日、大学の親友が私に言った。
「自尊心はないの?」

(自尊心…ってなに?)
当時の私にはわからなくて、役に立ってるならそれでいいじゃんくらいにしか思えていなかった。
役に立てないと生きていけない。これがずっと残されてしまった深い傷だった。

それを断ち切るために環境を変えた。

4.夫との出会い

環境を変えた時に出会ったのが今の夫だった。
夫には私のこれまでの経緯をすべて話した上で、面白そうだから付き合ったのだそうだった。

夫はこれまで出会った誰とも違い、私に一切なにも求めなかった。
求められていない、必要とされていないという反動で、当初は凄くギャップに苦しんだ。どうしたら必要としてもらえるんだろう…と必死に考えた末、捨てたくないと思えるくらい自己研鑽された人間になれたら、ずっと必要とされるのではないか。

そんな思いで当時は自己研鑽目的で、まずは資格勉強を始めた。これまで他人に投資してきた時間をすべて自分に投資するようになると、人生が驚くように広がっていった。

本を読み、情報を仕入れ、時間があれば勉強し、資格取得に没頭するうちに、税理士を目指すようになった。その頃には、自分自身に自信が持てるようになっていた。

いつからか、他人にすべてを懸ける依存体質は、他人ではなく自己研鑽へ、資格取得に没頭し、社会の役に立ちたいという想いに昇華された。一度子供が生まれ親となったときに、子供の教育に全勢力を懸ける選択肢もちらついたけど、それを選択しなかったのは他人に依存した過去があったからかもしれない。

そうして昇華された想いは、「熱量」となって仕事に向けられるようになった。

私の人生を変えてくれたのは夫との出会いだった。
自分の人生の中だけで、偏見と差別からの葛藤を経て、自己実現に繋がる人類の歴史を辿るような経験ができているのは我ながら中々だなと思う。
何より、違いを面白いと理解してくれた夫に心から感謝している。

5.理性と創造

世間では『いじめ撲滅!』と叫ばれる。人間には動物的本能があって、弱肉強食の世界では誰かを蔑んで、自身を優位に立たせることで生存確率を上げてきた。その動物的本能は消えない。

だけど動物から進化した人間には「理性」という力が備わっている。違いを迫害してきた私たちは、その違いを誰かが「強み」として認めることで、本能では成し得なかった新しい次元の世界を創造していくことができるんだと思う。

プライドの高い長女も、剽軽でおちゃらけキャラの長男も、宇宙人のようにまだまだ未知で可能性が無限大の全盲の次女も、
その弱みを「強み」として社会に発揮できるように、親として後押ししていきたいとは思う。そんな社会を創っていきたい。

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