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40代サラリーマン、アメリカMBAに行く vol. 12

現金を
常に意識する

起業家が事業を運営する上で、大切なものは「Cash」。そう言い切るのが、35年間スタートアップのCEOとして活躍し、アメリカで最も早く成長したスタートアップとして何度か表彰もされている方。第2セメスターの選択科目で受講しているアントレプレナーの教授だ。しかし、そのCashのために、安易に銀行からローンを借りたり、投資家から投資を受けて株式を譲渡したりするのではなく、Self-Funded Growthを考えろと説く。自己資金による成長だ。

自己資金を増やすために何ができるのか。まずはコストを下げること。それはそうだ。そして2つ目が値段を上げることだ。売上を増やすという言い方ではなく、値段を上げるとあっさり言われたことが、驚くとともに抵抗感を感じてしまった。私は物心ついたころから、日本はずっとデフレで、商品の値段が上がっていく経験をした覚えがない。むしろユニクロやダイソーなどが台頭し、これまでより良いものがより安く提供されるという消費者体験をしてきた。

一方でシンガポールに住んでいた時に、あれよあれよと値段が上がっていくのを目の当たりにした。特にコロナ禍で家賃が倍になった友人も複数いる。電車代やバス代、ホーカーというシンガポールの屋台の食べ物なども値段が上がった。例えば家の近くのチキンライスは、私がシンガポールに行った時には3ドルだったが、去る時には4ドルになった。33%も値段が上昇している。社会のインフレに伴い、同程度に値段を上げるということがどの企業からも伝えられた。なぜ?という気持ちを抱いたが、結果的には受け入れるしかなかった。

私の気持ちと同じように、当然授業では値段を上げれば顧客離れを起こすのではないかという意見は出た。その上で建設機材を販売しているB2Bの企業のケースが用意され、その財務諸表も見ながら、例えばその企業が置かれている状況で1%値段を上げたとしたら、どのくらい顧客離れを起こすだろうという議論になった。顧客との関係性を踏まえて、どのくらい顧客を失うだろうか、その上で結果的に総額はどうなるだろうかといった議論を通して、ニーズがある以上は値段を上げるということは選択肢としてあり得るのだということが腑に落ちた。

しかし値上げ以上に勉強になったのが3つ目。キャッシュフローのサイクルのスピードを上げることだった。

デルもアップルも
CCCを意識して急成長

キャッシュフローには、お金が会社から出ていくキャッシュアウトとお金が会社に入ってくるキャッシュインがある。企業が商品やサービスを販売するためには、原材料となるものを仕入れ、それをもとに商品をつくり、販売する。しかし販売したと同時に現金が手に入る企業は飲食店やデパートなどを除いてそれほど多くない。通常は販売してから30日など数十日後に現金が支払われるケースがほとんどだ。同じように原材料を仕入れたと同時に現金を支払うケースも稀。原材料を仕入れてから数十日後に現金を支払う。

一般的なキャッシュフローのサイクルは下記の様になるだろう。
1.原材料を仕入れる
2.商品をつくる
3.仕入れた分の現金を支払う(キャッシュアウト)
4.商品を販売する
5.販売した分の現金を受け取る(キャッシュイン)

2、3、4に関しては順番が多少違う場合もあるが、原材料を仕入れる→キャッシュアウト→キャッシュインという順番になることが一般的だろう。そしてキャッシュアウトからキャッシュインの期間はキャッシュコンバージョンサイクル(CCC)と呼ばれる。つまり商売の原資を仕入れてから、それを利益に変換するまでの期間だ。だからキャッシュにコンバージョンするまでのサイクル。この期間は、原資分の現金が企業の手元からなくなっています。しかしこの間にも、会社のオペレーションは続いている。さらに給料日があるだろうし、オフィスの賃料も発生するだろう。その他雑費も含め、それらを支払える現金が手元になければならない。つまり、このCCCの間、会社が問題なく運営されるだけの現金が必要になる。では日本企業のCCCの平均日数は何日か。J.P.Mogranの「日本の運転資本指数レポート 2022-23」によると95.9日(日経225の企業)。3ヶ月以上の日数になる。東証上場銘柄の代表的な225社なので3ヶ月分の資金を持っているだろうが、もっと小規模な会社だとどうだろう。日本の製造業で20人以下の企業のCCCが57日、21~100人以下のCCCが66日となっている(出典:在庫管理110番)。2ヶ月近くは社員の給与など含めて会社の運用資金を持っていないといけない計算だ。

この考えを自分の生活に当てはめてみると、66日後に給与が支払われるが、それまでの約2ヶ月は無給で、家賃も水道電気ガスもスマホ代も、その他食費も含めて全部払える現金を所持していなければならない。このCCCが短ければ短いほど、事業をやりやすくなる(この場合だと不安なく生活できる)ことがイメージできる。このCCCをできるだけ短くしなさいと学ぶ。

そしてデルがCCCを短くして急成長を遂げたこと。そしてアップルが同じくCCCの重要性に気づいて短くしたことが紹介された。比較として1990年代最大のPCメーカーだったコンパックはデルやアップルと同じようにCCCを短くすることはなかった。そしてコンパックは今存在していない。

キャッシュコンバージョンサイクルは、恥ずかしながらバブソンに来るまで聞いたことすらなかった。そこでネットで調べてみると、面白いことに2021年6月の東洋経済オンラインの記事『アップルが「最強の資金繰り」を維持できる理由』として、2021年7月のダイヤモンドオンラインの記事『この30年間、OECD加盟国と比べて日本の成長率が飛び抜けて低いたった1つの理由』として、CCCが紹介されていた。

自分たちのお金を使わずに
ビジネスできる

CCCをネット検索したところ、McKinsey&Company社が2022年2月に発表した『運転資本の改善が「ネクストノーマル」における日本企業の成長と企業価値向上を加速する』において下記のような記載を見つけた。

「欧米企業と比較すると、日本企業は投下資本のうち運転資本が高水準にあり、過去10年でさらにその差は拡大している。運転資本回転日数、すなわちキャッシュ・コンバージョン・サイクル(CCC)について、TOPIX 500の日本企業とS&P 500やS&P Europe 350の欧米企業を比較すると、日本企業は2010年から2019年の10年間でCCCが平均54日から65日に悪化した一方で、欧米企業は37日から34日に改善している。仮に日本の上場企業が欧米並みのCCCを達成した場合には、53.5兆円ものキャッシュがリリースされることになる。これは、TOPIX 500企業の2019年度の有利子負債残高374兆円の約14%に相当し、それにより有利子負債を返済したとすれば、翌年に発生し得る支払利息の削減を通じて経常利益が約 0.5兆円改善する計算になる」

CCCを減らすことによる利益改善効果が見て取れる。ではCCCをどうやって縮めるのか。ここではCCCの計算式は省くが、CCCは在庫と買掛金と売掛金の3つに関係している。買掛金は仕入れたけどまだ支払っていない金額で、売掛金は販売したけどまだ受け取っていない金額だ。

まずは在庫を減らすことで、原材料を仕入れた後できるだけ早く作ってすぐに売ること。そして販売したがまだ受け取っていないお金(売掛金)をなるべく早く回収する。そして理論的には買掛金の支払い(買ったがまだ支払っていない分の支払い)を遅らせること。しかし買掛金の支払いを遅らせることは、サステナビリティの概念で現在アメリカでは大企業に厳しい目が向けられていると聞く。そのためやはり在庫を減らすことと、売掛金の回収に力を入れる必要がある。特に売掛金の回収は、販売した先の会社の倒産や夜逃げもあり得るため、そもそも起業家は毎週回収状況を確認せよと別の授業でも言われたほどだ。

CCCをできるだけ短くする。ではどこまで短くできるのか。ゼロなのか。いや実はゼロでは終わらない。マイナス何十日というCCCが存在する。授業で紹介されたデルもアップルもアマゾンもCCCはマイナスだった。アマゾンの2013年のCCCはマイナス44.5日だ(出典:Harvard Business Review『キャッシュフローに見るアマゾンの真の優位』)。

プラス44日だと、44日間現金がない期間があって、その間給与や賃料など含め事業運営に必要な資金が必要なことを意味する。ではマイナス44日はというと、44日間給与や賃料など含め事業運営に必要な資金が必要ではないことになる。つまり44日間、自分たちのお金は不要で、他人様のお金でビジネスできることになる。

(再掲)一般的なキャッシュフローのサイクルは下記。
1.原材料を仕入れる
2.商品をつくる
3.仕入れた分の現金を支払う(キャッシュアウト)
4.商品を販売する
5.販売した分の現金を受け取る(キャッシュイン)

CCCがマイナスというのはキャッシュアウトよりもキャッシュインが先になる。
1.原材料を仕入れる
3.商品をつくる
4.商品を販売する
5.販売した分の現金を受け取る(キャッシュイン)
2.仕入れた分の現金を支払う(キャッシュアウト)

このようにキャッシュアウトとキャッシュインの順番を入れ替えるだけで、圧倒的に優位な状況で経営できるようになる。さらにここから色々な工夫ができる。

例えば、下記はどうだろうか。
5.販売した分の現金を受け取る(キャッシュイン)
1.原材料を仕入れる
2.仕入れた分の現金を支払う(キャッシュアウト)
3.商品をつくる
4.商品を販売する

販売した分の現金が、販売する前に受け取られている。こんなことが存在するのか?これが存在する。例えばクラウドファンディング。こういうものを作りたいという思いに賛同した人からお金を集めて、それを資金に商品を開発し販売している。

他にもこれはどうだろう。販売する前に現金を受け取ることはできないだろうか。
5’.販売する前に現金を受け取る(キャッシュイン)
1.原材料を仕入れる
2.仕入れた分の現金を支払う(キャッシュアウト)
3.商品をつくる
4.商品を販売する
5.販売した分の現金を受け取る(キャッシュイン)

販売前の現金受取りの例にあたるのが、アマゾンのプライム会員費。こうしたやり方でCCCを短くする方法もある。

商品の値段を上げる。そしてCCCを短くする。こうしたことは決して簡単ではない。しかしこうしたSelf-Funded Growthの工夫の必要性を学んだ。

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著作者・出典:Freepik

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