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40代サラリーマン、アメリカMBAに行く vol. 7 〜起業家に聞く2

バブソンMBAでの授業とは別に、ボストン・日本人・起業家をテーマに、起業家に会って学ぶ活動。今回はボストンで投資家向け不動産業を経営するYukiko Oyamaさん。Oyamaさんはバブソン大を中退された後、ボストンで一度起業。その後投資家向けの不動産業を起業された。

事業をやるなら
ハーバードかバブソン

Oyamaさんがボストンに来たきっかけは高校生の時にMITのサマースクールに通ったところから始まる。そこで知り合ったアメリカ人資産家の方から「ビジネスするならハーバードかバブソンで学ぶと良い」と言われる。日本の高校を卒業してバブソン大学へ。しかし半年余りで大学を辞める。学校で学んだことは本当に使えるのか?と思うようになったという。大学を辞めてしまったので、自分でなんとかしなければならない。ものすごい数の履歴書を出すも、全て見事に断られてしまった。どこも雇ってくれない。そうなったら自分で仕事を起こすしかない。それしかオプションがなかったと話す。

自分の仕事を起こすために何をしなくてはいけないのか。私は何ができるのだろうか。何ができるか分からないから、何でも屋さんをやろう。そして彼女はボストンで何でも屋さんを始めることになる。ボストンの日本語のフリーペーパーにまず広告を一つ入れた。すると何件か電話が掛かって来て依頼を受けるようになる。犬の散歩、どこどこに何かを取ってきてほしい、ウェイターが必要だからウェイターを手配して欲しい。そうした依頼に応えていくうちに、すごい速さの口コミで依頼が広がっていく。何でも屋さんは結構需要があった。しかし自分の体を動かす時間は限られている。犬の散歩はできるが、犬の散歩をしている間に他の用件は入れられない。人を増やせば良いのだろうが、まだ20代前半だったこともあり、人を雇って何をどう回せばいいのかも分からなかった。そのため何でも屋は止めることになる。その後弁護士事務所や不動産屋、レストラン立ち上げのサポートなどを経て、再び起業することになる。それが投資家向けの不動産業だった。

起業前に在籍していた不動産屋はいわゆる普通の不動産屋で投資家向けの不動産屋ではなかったが、ここでの経験が起業につながる。オーナーの多くが家主業を本業とせず、別の職に就きながら家を貸している。そのためどの様に物件を取り扱えばよいか分からない方が多かった。中には自分の貸している物件の契約がいつ切れるかすら覚えていない場合もあった。特に頼まれたわけでもなかったが、そうしたオーナーたちの面倒を見ていくうちに、気がつけば物件のすべてを彼女が任されていた。そしてオーナーたちが彼女を指名するようになる。彼女に電話をすれば何とかしてくれるという評判が広がっていった。

ワーストケースシナリオを考えたら
あとは計算、ずっと計算

在籍していた不動産屋が買収されることになったことをきっかけに、自分の会社を作って関係のできたオーナーたちをサポートしていこうと考える。しかし本当にオーナーたちは自分が新しく作る会社についてきてくれるのだろうか。不安だらけの状態を彼女はどう乗り切ったのか。

「ワーストケースシナリオを考えるのが大好きで、オーナー全員がついてきてくれない想定から考え始めました。全員いなくなってしまうとするとどうしようか。そこから一歩一歩考えるのです。すると片一方の頭で、いやそれはないだろう、さすがにオーナー全員がついてきてくれないということはない。では何割がついてきてくれるだろうか。3割だったらどれぐらいの収入になるのか。5割だったらどれぐらいの収入か。こう考えていったときに、悪くないかもしれない、これならできると思って踏み出しました」

何かゴールを叶えるときは、まずその状況を把握する、そしてあとはほとんど計算だと話す。何も考えずになんとかなるだろう、というのはない。しかし計算して、計算して、計算して、これなら大丈夫と思うならやってみる。もし駄目だったらパートタイムでどこかのデパートで働けばいいと考えた。結果的にはオーナー全員が彼女の会社についてきてくれた。

現在彼女は毎朝3時に起きる。そして1時間半、自分に向き合って心情をノートに書きとめる。会社を経営していくうちに、自分の判断ひとつで会社はどこへでもいってしまう怖さを感じるようになり始めたという。闇の中を手探りして進む毎日。良いことも嫌なこともあるわけで、自分の判断で会社は間違いもするし、いい方向にも進む。目の前のことが悪く見えたとしても、振り返れば大したことのないことも多い。そのためには自分が落ち着いていないといけない。落ち着いて物事をとらえること。朝の静かな時間、何も音が聞こえない中、ノートに綴る。朝落ち着けば、その日1日が落ち着いていられる。何かあっても「塞翁が馬、塞翁が馬」だと自分に言い聞かせる(塞翁が馬:人生における幸不幸は予測しがたいということ、幸せが不幸に、不幸が幸せにいつ転じるかわからないのだから、安易に喜んだり悲しんだりするべきではないというたとえ/故事ことわざ辞典)。ノートはもう何冊にもなる。前の年のノートを読むと、こんな小さなことに悩んでいたのかと思ったり、自分たちがどこまで進歩してきたのかが分かったりするという。それが彼女の活力につながっている。

最後にボストンで働く醍醐味を聞いた。彼女は時間の流れだと答える。フロリダやカリフォルニアはフレンドリーで時間の流れはゆったりしている印象。しかしニューヨーク、コネチカット、ボストンのいわゆるイーストコーストは、早く早くとスピードが求められる。さらにボストンの人たちは注文が「うるさい」。ライバルたちは常にお金を作る機会を探している。こうした環境が厳しいと同時に面白いのだと話していた。

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