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日常ブログ #35美容院




美容院に行きたい。
と思うことすら億劫になってきた。
なぜかと言うと、私は現在、美容院迷子中なのだ。


約一年前、私は引っ越しをした。
引っ越す前は最寄駅から電車で二駅のところにある美容院に通っていたのだが、現在の住所からだと交通の面やその他諸々不便なので、新しい美容院を探すことにした。
だが一年経っても一向に見つからない。
毎回別の美容院に行くので、その度に自分の髪質だとか癖だとか要望だとかを一から説明しなくてはならず、かなり面倒だ。
それでも、自分の体に一部に関わることなので、不満を抱えたままにはしておきたくない。
そうしてまた別の美容院を探すのだ。

美容院に対するこだわりが強いのか?
いや、自分ではそう思ったことはない。
私が最も優先しているのは単純に、安さだ。
希望する施術もごくシンプルなもの。
ヘアスタイルにも特にこだわりはない。
技術があっておしゃれにしてもらえるに越したことはないが、何せ学生なものだから、お金に頼るという手法は取れない。
まあ、ぶっちゃけてしまえば、髪に関してあまり興味がないので、最低限清潔に整えられていて尚且つ自分でも手入れしやすい髪型にしてもらえるならどこでもいい、というのが本音である。

だがしかし、それでも唯一、どうしても譲れないこだわりがある。
これだけは外せないという、美容院選びにおける重要な条件である。
それが、雑誌が読めるタブレットの有無である。


高校生くらいの頃だろうか。
私は初めて地元の美容院に行ってみた。
それまでは親戚の美容師の人に切ってもらっていたので、お店で切ってもらうのはその時が初めてだった。
その店では、席に案内されると必ず雑誌が読めるタブレットを貸してくれた。
私はめちゃくちゃ緊張していたので、適当に雑誌を選んでスクロールしていたが、何のこっちゃわからず、全く内容が頭に入っていなかった。
それでも何だか、逃げ道というか、ここに集中していればいいというような気がして、タブレットがあるだけでだいぶ安心したものだ。
注射を打つのを嫌がる子供を、反対側で気を引いて、その隙に注射するみたいな。
そんな感じである。
そう言う意識を逸らす何かがあるのとないのとではストレスのかかり具合が比じゃないのだ。
美容師さんとは話さなきゃいけないし、質問されてもよくわからないし、長い間じっとしてなきゃいけないし、目の前に鏡置かれてるの変な気分がするし、そもそも知らない人に髪の毛いじくられること自体苦手なのだ。
美容院に向いてなさすぎる。
ようやく終わると思ったら、仕上げはオイルとバームどちらにしますか?
オイルとバームって何だ。
何が違うんだ。
何もわからない。
そんなのチップとデールどちらにしますか、って聞かれてるようなものだ。
チップとデールがどっちがどっちなのかもわからないのに。
この最後の質問を何て答えているか毎回記憶がないので、毎回テンパって、毎回この質問があることを忘れているんだと思う。
学習しない。
本当に私は学習しない。
AIもびっくりだ。
だが、タブレットがあればきっと違うのだ。
タブレットがあれば現実逃避で美味しそうな料理や観光名所の絶景なんかで心に余裕が生まれ、「オイルだと仕上がりはどんな感じになりますか?」と訊いたりできるのだ。多分。
私にはどうしてもタブレットが必要だ。
いや、別に紙の雑誌でもいい。
いやしかし、タブレットの方が種類が多いし、あと単純にいじるのが楽しい。
やはり私にはタブレットが必要だ。

引っ越す前に通っていた美容院では雑誌だけでなく漫画も読めた。
もうウハウハだった。
こじんまりとしたお店だったのも安心した。
東京に来て初めてのお店がそうだったのだ。
都会にはいたるところに美容院があるし、そもそも都会なのだからタブレットなんてどこも置いてるでしょう。
と思って軽い気持ちで、引っ越し後予算範囲内の近所の美容室に行ってみた。
そうしたら、タブレットはおろか紙の雑誌すらなかった。
完全な想定外にテンパっているうちに施術が終わり、あまりのテンパリにより要望がうまく伝わらなかったのか全然違う髪型になってしまった。
まあまだ一店舗目だし、と気を取り直すも、次もなかった。
また次も、また次も。
そうして一年が経っていた。

なぜホットペッパービューティーは「雑誌が読めるタブレット」の絞り込み条件を入れてくれないんだろう。
そんなん需要がないからに決まっている。
お客さんたちもみんなスマホをいじっている。
でも、後ろに人がいるのにスマホを開くのは結構抵抗がある。
それにここまで来たらもう意地である。
絶対に美容院で雑誌が読めるタブレットを使いたいのだ

そこで発想を転換し、ホットペッパーではなく、地図アプリの口コミでタブレットについて言及されてるかどうかで調べてみた。
あまり詳しい情報は得られなかったが、ともかくタブレットが置いてある美容院が近くにあるようだ。
早速予約し、行ってみた。
店の雰囲気は引っ越す前に行っていた美容院に似ている。
これは期待できそうだ。
席に通されると、そこには恋焦がれたタブレットが置かれていた。
やった。ついにやった。苦節一年。
これまでの努力はこのお店に、このタブレットに出会うためにあったのかもしれない。
別に雑誌自体に興味はないが、美容院でタブレットで雑誌を読むことに意味がある。
ご自由にお使いください、と開かれたタブレットのホーム画面には、懐かしきマガジンアプリ、
ではなくアマゾンプライムビデオがあった。

アマゾンプライム。

ここに来て動画配信サービス。
あまりにも死角から飛び出した事実に面食らってしまった。
動画。その発想はなかった。
これもまた完全に想定外だ。
タブレットはタブレットでも思ってたタブレットとは違うタブレットだった。
動揺を隠せない。
他人にデバイスの画面を見られるのに抵抗があるからスマホを開かないのに、タブレットでアマプラで何を見ればいいんだ。
せっかく開いてもらったのに、やっぱいいですって閉じるのは失礼じゃないか、とか考え始める。
この時点でだいぶテンパっていた。
雑誌なら全然興味ないから見られても何とも思わないけど映画とかドラマだと話が違ってきますよ、と胸の内で誰にともなくキレる。
しかしどうしよう。
さっきからホーム画面を上から下にスクロールしてるだけで、全くサムネイルもタイトルも入ってこない。
まずい。心の中でキレてる場合じゃない。
早く選ばないと変な奴と思われてしまう。
とりあえず、新作枠にある自分のアカウントでウォッチリストに入れておいたような気がするサムネイルを選んで、再生した。

『ヴァチカンのエクソシスト』

ゴリゴリのホラー映画だった。
やってしまった。
あまりにもテンパっていた上、普段適当にウォッチリストに追加しているので、前半は何の話かわからなかったのだ。
だが本格的に悪魔が少年を乗っ取り始めたあたりで、どうしようと言う気持ちになった。
陽気な音楽の流れる、明るい店内で、髪を切ってもらいながら、ホラー映画を見ている。
人間たちが悪魔に蹂躙されて行くたび、本編とは全く関係ない冷や汗が流れる。
もはや映画にも美容院にも集中できていない。
異様な時間だ。
何で映画を選び直さなかったのか意味がわからないが、そもそもタブレットで美容院を選んでることが意味がわからない。
私が一番わからないのだ。
案の定、映画の途中で施術は終わった。
終わりがけに、担当してくれた寡黙な美容師さんから「ホラー映画お好きなんですか?」と尋ねられた。
そう思いますよね。
初手でハードコアですもんね。
でも別にそんなに好きじゃないんです。
多分、前にダヴィンチ・コードシリーズ見て面白かったから「ヴァチカン」ってワードに反応してウォットリストに入れてただけなんです。
少なくとも初めて行く美容院のお店で見るほど好きなわけでは決してありません。
実際はこんな受け答えはしなかった。
終始ひたすらテンパっていたので、あの場で自分が何をしたのかマジで覚えていない。
その後、オイルとバームどちらにしますか?になんて答えて頭に何をつけてもらったのかも覚えていない。

ようやく見つけたと思った美容院で色々やらかしてはしまったが、仕上がりも満足したし、雰囲気も良かったし、少なくともタブレットはあるし、もう美容院巡りをする気力が残っていないので、また同じお店に行くかもしれない。
ひとまずお店が安定して良かったと思う。

だが、一番良かったのは、あの後家に帰って映画の続きを見たところ一番血飛沫がやばい場面より前に施術が終わったことである。
本当に危なかった。



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