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日常ブログ #28旅行





私はテイクアウト営業をしている飲食店でアルバイトをしている。
そのお店は商品が売り切れ次第営業を終了する場合がある。
なので、通常の営業終了時刻より早めに店を閉める日が発生するのだ。
そういった日は、いつもより少し早い時間に店先の暖簾を下げ、ガラス戸のカーテンを閉め、看板を引っ込め、「営業中」の札を「準備中」の札に変える。
そして厨房でバタバタと締め作業を開始するのである。

しかしごく稀に、いや、頻繁に、まだ鍵を閉めていない出入り口のガラス戸を開いて、「まだお店やってますか?」とご来店なさるお客さんがいる。
もうお客さんは入ってこないしいくら騒がしくしても大丈夫と、空調と食洗機をごうごういわせ、大きい音が鳴るステンレスの調理器具を雑にガチャガチャ鳴らしながら片付け作業に集中しているこちらとしては、気づいたらぬっと出入り口に人が立っているものだから、めちゃくちゃびっくりしてしまうのだ。
心臓に悪いと思う。
ただでさえ私はビビりだ。
お客さんに気づくなり、本日は営業終了してしまいました、という旨を申し訳なさそうに伝えると、いつも何時までですか等、2、3問答を交わして、お客さんは去っていく。
私は、びっくりしたな〜、と思いつつ作業に戻る。

そしてそこでいつも考えることがある。
あのお客さん今初めてお店に来た人だな、ということである。
私の経験上、このような場面でご来店されるお客さんの大多数が一見さんである。
しかし閉店後にやってくる一見さんたちは皆、既に暖簾もカーテンも看板も下げられ「準備中」の札のみがかけられた寂しい店先を通り過ぎ、ガラス戸の出入り口をそっと開いてお店にやってくる。
入ったこともないお店の、がらんとした店先を尻目に、カーテンのかけられた入りにくそうなガラス戸を引いて、「お店まだやってますか?」と問いかけているのである。

単純に、すごいと思う。
すごい勇気だ。
そして私は思い至った。
今の私に足りないものはこの勇気だ、と。


私は高校を卒業した時、数ヶ月後の大学生になった自分のためにあらゆる目標を掲げた。
夢といってもいいかもしれない。
ピアスをバチバチに開けまくるとか。
髪を真っ赤に染めるとか。
スマホゲームをたくさんインストールするとか。
合宿で免許を取るとか。
池袋(当時は池袋が東京の中で一番東京っぽいと思ってました。全然違った)のおしゃれなカフェでパソコン開いて作業をするとか。
幼気な夢をカバンいっぱいに詰め込んで期待に胸を膨らませて、私は上京してきたのである。
そして3年の月日が流れ、現在。何一つ達成していない。
というかもう実現したいとも思っていない。
今一番叶えたい夢はYogiboを買うことである。
しかし、そんな馬鹿げた無駄な夢たちに紛れて、唯一捨てられず、未だに燻らせている夢があった。
それが、一人旅行に出かけることである。
そんなに遠出じゃなくてもいい、電車かバスで、学生の私でも払えるくらいの交通費で、そこそこ楽しめるくらいの、日帰り一人旅行。
これが、私がまだ女子高生だった頃に、女子大生になったらやってやるぜ!と、ほくそ笑みながら立てた夢の計画の一つである。
我ながら可愛らしいな、と思う。
わざわざ大学生になるのを待たずに行けよ、と思う。
アルバイトでお小遣い稼いでて時間の余裕もあって何で3年間一度も実行してないんだ機会はいくらでもあっただろ、と思う。
何で実行してないんでしょうねぇ、と思っている。

理由は色々ある。
如何せんどこでもよかったために目的地選びに困ったり、ケチくさい根性が邪魔をして旅行に貯金を削るより食費に回したい、となったり、普段はケチケチするくせに奮発した買い物ではことごとく失敗したり、スケジュール調整が下手で旅行なんて体力を使うイベントを実行する余裕も元気もなかったり、等。
しかし、これらは全て言い訳である。
私のことは私が一番理解している。
なぜ私が旅行に行けたのに行かなかったか、その理由はただ一つ。
行ったことのないお店に一人で入れないからである。

旅行に行った時に一番楽しみに思うことは、その場所でしかできないことをやったり、その場所でしか見れないものを見たり、その場所でしか買えないものを買ったりすることである。
だからなるべく東京や地元などでもできそうなところには行きたくないし、チェーン店やコンビニで済ませるということもしたくない。
もちろん、必要があればそれもいいとは思うのだが。
そうなると、どうしても行ったことのないお店や場所に一人で入らなくてはならなくなる。
そういうことをしに旅行に行こうとしているのだから当たり前だという話なのだが、一人旅行の実行が可能になり、さていよいよと現実味を帯びてきたところで、私はこの問題にぶつかってしまったのである。
そういえば一人で初めて入るお店に行ったことなくね?行けるのか?入れるのか?
私は一度実験してみた。
以前、高田馬場で古着を買いたいという友達に同行して、駅周辺の古着屋を回ったことがあった。
古着屋さんは独特な雰囲気のあるお店も多く、入口が狭まっていて店内が見えづらいこともあるから、普通に入るだけでもかなりハードルは高めだと思う。
しかし、この時は一人ではなかったので、割と何も考えずスムーズに入店してショッピングを楽しむことができた。
誰かといる時は大丈夫だった。
一人でいる時はどうだろう、何だったら、以前誰かといた時に入った雰囲気のあるお店に一人でも入れるかどうかも試してみよう。
私は意気込んで高田馬場へ向かった。
そうして、一軒も入れずに、私は高田馬場駅周辺を1時間散歩しただけで終わった。
いい運動になったな、と思いつつ、バスに乗って家に帰った。
結果は惨敗と言っていいだろう。
何に負けたのかわからないが。
私は、一人で雰囲気のある初めてのお店には入れないのだ。

私が働いているお店は古民家をリノベーションした飲食店で、なかなか渋い店構えをしている。
通りすがりの人が立ち止まり、写真におさめて行く様子が日常茶飯事である程度には、雰囲気のあるお店だと思っている。
営業中は出入り口のガラス戸を大きく開け放っているし、お店の前はベンチや駐輪スペースが確保してあり若干広くなっていることもあって、そこまで入りづらいという印象は与えないかもしれない。
だが、準備中のが場合は話が別である。
当然だ。だって準備中だから。
いらっしゃいという状態ではないのである。
お店に入りやすくなっていたら逆に困るのだ。
しかし、準備中に私のアルバイト先にやってくる一見さんたちは、入りづらい店の様子を物ともせず、ガラス戸に鍵がかけられていない事を確認して、店内にに入り「お店まだやってますか?」と尋ねるのだ。
私は逆に尋ねたい。「どうしてお店に入れるのですか?」と。
だって暖簾もかかってなくて、カーテンも閉まってて、看板もなくて、「準備中」の札が下がってて、それでも入れるのならあなたに入れない店はないではないか。
私が手に汗を握って動悸を早めながら、立ち止まりたいのに通り過ぎるしかなかった高田馬場の古着屋さんに、関東近郊の旅行スポットを調べるも勇気が出なくてブラウザを閉じたあの観光地に、あなたは全て行けたというのか。
あなたはどこにでも行けるというのか。
なぜ。なぜそのような勇気をお持ちなのですか。
私にも教えてください。
どうしたらあなたのような勇気を持てるのか、どうか私に教えてください。
そんな問いを心の中で一見さんの背中に投げかけるも、一見さんは去っていく。
一見さん、あなたは私に普段の営業時間とか、予約はできるかとか、イートインはやってるかとかそんな質問をするが、私があなたと話したいのはそんな事じゃない。
どうしてあなたは平気な顔して初めて来た店の店員である私と普通に話していられるのか、そのことについて話したいんだ。

営業終了後にやってくる勇敢なお客さんに対応する時は、色んな意味でドキドキしてしまう。
伝説の勇者一行に回復アイテムを売ったりする道具屋のモブってこういう気持ちなんだろうか、とか考えたりする。
こうやって、ちょっとタイミングが悪かったついてない一見さんに、本日は営業終了してしましました、と言い続けていればいつかはその勇気にあやかれるのではないか、ビビりを克服できる日もくるのではないか、と若干の期待を寄せている。
今はその奇跡の日を待ち、お手頃価格で行ける関東近郊の観光スポットを検討中である。
卒業までに行けますように。


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