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亀吉のひとりごと(1750字)

この話は『亀の歩み』という創作を元に、亀視点でお送りします。20年間のハイライトと、少しだけ未来の話です。
先に『亀の歩み』(全5話) をお読みいただいてからのほうが、スムーズにお楽しみいただけます🙏…たぶん!

僕が『亀すくい』でお爺さんにすくわれた日から2年が過ぎた。
でもあれから、あゆみはまだ一度も遊びに来ない。どうしたのかな。またネツが出たのかな。一緒に遊びたいな。

あゆみは、お爺さんのマゴ。僕を見るとニコニコしてくれる。笑った顔がとてもかわいい子。

お爺さんは、よくあゆみの話をした。
「あゆみは今年小学校入学だな!お祝い買わんとな!」と言ってダッシュでデパートに行ったり、「もうすぐあゆみの誕生日だな!電話してみるか!」と言って電話と僕の水槽の間をウロウロしたり、「もう年末か……あゆみと雪遊びしたいなぁ」と言って踏み台昇降運動をしたり。

いつも面白くて、元気なお爺さん。僕はお爺さんの事もあゆみの事も大好きだ。

ある日、お爺さんが珍しく暗い顔をしながらため息を吐いていた。
「はぁ……とうとう離婚か……。しかも借金て。あのバカ息子」

リコン?シャッキン?何だろう。お爺さんをこんなに落ち込ませるなんて、余程の事なのだろう。
僕はいても立ってもいられなくて、つい思った事を口に出してしまった。

「あの。リコンって、なんですか?」

お爺さんが僕の方を向きながら目を見開いた。今まで見た事の無い絶妙な表情だった。しばしの沈黙のあと、お爺さんが真顔で言った。

「……どうやら、俺はボケちまったらしい。」

なぜ僕がヒトの言葉を喋れるようになったのか。それは全然わからないけれど、状況を把握したお爺さんは大層喜んでくれた。適応力が高い。

お爺さんの話によると、あゆみの家には手紙や電話で連絡をしているけれど、一向に返事が無いらしい。痺れを切らして会いに行ったものの、すでに引っ越した後だったようで……。
「だめだ、八方塞がり。万事休すだぁ」
お爺さんが頭を抱える。
「やれる事は全部やった。もう、遠くから幸せを祈るしか無ぇのかな……」ポツリと言ったお爺さんの横顔は、とても淋しそうだった。

それからというもの、お爺さんは事あるごとにあゆみの話をした。

「あゆみはもう、中学生年か。早いなぁ。大きくなっただろうなぁ……」

「あゆみはもう、高校生か。元気でやってるかなぁ。小遣いくらい、渡してやりてぇな」

「あゆみはもう、成人式の年か。……笑って暮らしてたら、良いなぁ」

お爺さんは、たった一人の孫の幸せを願っていた。あゆみが笑顔である事を望んだ。だから僕も、お爺さんと一緒に祈った。

あゆみに会えなくなって20年が経った頃、お爺さんが倒れた。
最初は「大丈夫、大丈夫。」と言っていたけれど、あまり大丈夫では無かったようで、大きな病院に入院する事になった。

「ごめんなぁ。しばらくの間、おまえの世話は斜向かいのトクちゃんに頼んであるから」

あんなに元気だったお爺さんが、年々小さくなっていく。このままじゃダメだ。ダメなんだ。
僕は、ずーっと思っていた。お爺さんをあゆみに会わせてあげたい。願いを叶えてあげたい。今まで育ててもらった、恩返しがしたい。

こうして僕は旅に出る決心をした。あゆみを探す旅だ。
20年間で得られた細切れの情報をヒントに90日間歩き続け、奇跡的にあゆみに出会えた。

20年ぶりに見たあゆみは、目の下が黒く、髪も肌もボロボロ。明らかに顔色が悪く元気が無かった。
すぐにでもお爺さんの説明をして、一緒に病院へ来てもらいたかったが、どうやらそんな事を言える状態では無いようで。僕の第六感が「これはあゆみもピンチだぞ!」と告げてくる。

あゆみは自分の事で精一杯のはずなのに、僕を部屋に招き入れてくれた。ご飯も用意してくれた。優しい子だ。
僕はまず、あゆみを元気にしなければと思った。お爺さんなら、きっとそうするから。

そして部屋を片付け終わったあの日、「……ありがとう」と言ってあゆみが笑った。
僕にまた笑ってくれた。それだけで幸せだった。あゆみ、早く元気になってね。

僕が家に帰ると、お爺さんはとっくのとうに退院していて、めちゃくちゃ怒られた。
そしてあゆみが立派に働いている事を伝えると、お爺さんは「そうかそうか」と涙を流した。
「亀吉、俺の代わりにありがとうなぁ」

それからしばらく経って、元気になったあゆみから手紙が届いた。
お爺さんはまるで宝物を見るように封筒を眺める。僕はその横顔をずっと見ていたいと思った。

またあゆみに会える事を願って。

僕の話はこれでおしまい。

今までいただいたサポートを利用して水彩色鉛筆を購入させていただきました☺️優しいお心遣い、ありがとうございました🙏✨