ランボー怒りの雪国
以前にきた事があるのだけど、九龍城みたいな古い雑居ビルのバーで、二度と辿り着けないと思っていた。
そのバーは新橋の50年は経ってそうな古い雑居ビルにある。不思議と身体の中のセンサーに記憶されているようで、迷わず再訪できた。
店に入ると客は誰もいない。
「いらっしゃいませ。実は今日は風邪気味で体調が悪くて、おまけに誰も来ないからもう店を畳もうかと思ってした。」
こうやって、いきなりメンヘラのように話を始めるのがこのマスターのキャラクターだった。
「新幹線の最終で帰るのであまり長居はできないのすが。えっと『雪国』をソルトスノーお願いします。」
「はい、あっ、豊橋の方、思い出しました。ソルトスノーの雪国、笑」
『雪国』はウォッカベースのカクテルでグラスの縁に砂糖を雪のように彩らせるのだがそれを塩で代用する。西瓜に塩のようなもので、ウォッカとシェイクされたライムとコアントローとよくマッチする。
「ここから品川まで15分みとけば、いや20分みとけばいいでしょうか」
「いやいやいや30分みておかないと死ぬでしょ」
などなど会話しているうちに、ポツポツとお客さんが入ってきて、あっというまに満席になった。ノーヒット無得点の9回表に、何も期待をされていなかった8番バッターの僕のヒットが口火となり、打順が一巡し得点を重ね勝利は確実となった感じだ。
携帯のEXアプリでひかり669を予約しようとしたのだが、酔っ払っていてうまくいかない。ま、いい、駅のスーパーアナログ券売機で買えばいいや。だが酔っ払いの判断はいつも間違えている。南雲長官と同じだ。
そのうちに背の高い50代前半ぐらいの男性が話かけてきた。
「あれ?ランボーだよね?」
おいおい人違いはいいんだけどランボーはないだろ。そんなタイプじゃないだろ。
「いや、さすがにランボーじゃないです。無理っす」
「すみませんすみません、死んだ友人に似ていたので。」
「えええぇー死んだご友人によろしくお伝えください笑笑」
…
「マスターそろそろ失礼します。お会計を」
マスターに手渡たされた小さな紙には金額の代わりにこう書いてあった。
『ご迷惑おかけしました料金として頂きました』
「なんすかこれマスター?」
「いや、体調が悪くてご迷惑おかけしたのもありますし、本当にもう誰も来ないのでお店畳もうと決心したところにお客がみえて、忙しくしているうちに気持ちが晴れたのです。腹を切ろうと決意したところを救われたようなものです。
「いやいやいや、そんなわけにもいかないし。お気持ちだけで」
どうしよう。
「じゃ風邪のお見舞いということで受け取ってださい」
五千円札を無理矢理1枚押しつけてバー出た。
雑居ビルには新しいラーメン屋が出来ていた。よくぞこんな場所に出したもんだ。メニューはラーメンのみ。
豚の旨みのきいたあっさり醤油スープに、しっかりと煮込まれた焼豚が丼を覆い尽くすように載せられている。普通これはチャーシュー麺と呼ぶ。麺は平打ちの中太ストレート麺。つるりとした喉越しと腰が実に良い。750円。
ひかり669には間一髪間に合った。攻めすぎた。
本来なら40分前のひかり667に合わせるべきで、669はカバー用なのだが。
おまけにラーメンなんか食べてるからだ。
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