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ハラキリ・コミュニケーション ~日本文化に合ったリスコミとは~

“リスクの伝道師”SFSSの山崎です。本ブログではリスクコミュニケーション(リスコミ)のあり方について毎回議論をしておりますが、noteを始める前の過去ブログにおいて、リスコミにおいて知っておくべき重要な原理/法則を解説しておりますので、いくつか再掲しておきたいと思います。

過去ブログ[2015年3月16日月曜日]より抜粋:

NHK大河ドラマ「花燃ゆ」を見られた方はご存知かと思うが、長州藩萩の城下町に私塾を開いた吉田松陰(寅次郎)のおもしろいリスコミ・エピソードがあったのでご紹介したい。それは、山口ならではの食のリスクとして高名なフグ(河豚)に関する逸話であった。

松下村塾で学びはじめた久坂玄随、高杉晋作、伊藤利助(後の博文)ら塾生のもとにフグが届いた。師範の吉田松陰は、藩によっては食することが禁じられているフグに関して毒があることはわかっているが、皆は食べるかどうかとの質問を塾生たちに投げかけた。

高杉晋作などは、武士たる者フグ毒による死を恐れる臆病者であってはならない、と主張してフグを食べるが、伊藤利助は「虎穴にいらずんば虎児を得ず」「君子危うきに近寄らず」など両方の主張がある中で先生はどうなのかと尋ねると、「私は食べません」との吉田松陰の明確な回答であった。

伊藤利助(「花燃ゆ」では劇団ひとりが演じておりピッタリの役どころだ)は、吉田松陰がそう答えるからには必ず理由があると思い、「先生はフグで死ぬことを恐れているのか?」ときくと、吉田松陰は「私は死ぬことなど恐れてはいない」との回答。そこで伊藤利助は、きっと吉田松陰は、自分の人生で「何を恐れるべきか」を教えてくれていると考えたわけだ。

伊藤利助は貧乏な家に生まれ生活にも苦労した。だから立派な人物になって裕福になりたいという野心をもっていたが、吉田松陰に「伊藤くん、君の志(こころざし)は何だ?」と問われて、自分がもっている志が非常に浅ましく恥ずかしいと感じられた。

高杉晋作などは、「君の志は何だ?」と吉田松陰に問われて「わかりません!」と即答していたが、むしろ非常に若者らしくサッパリしており、その後長州藩にとってなくてはならない明治維新の志士に育っていったのが、吉田松陰の教えのおかげであると理解できる。

フグに話をもどすと、伊藤利助は吉田松陰の言葉から、美味しいフグが食べたいという単なる浅ましい欲のために自分の大切な命を落とすことは恥ずべきことであり、吉田松陰は大切な命を自分にとっての志のために捧げたいと考えていることがわかったのである。

実際、吉田松陰は死罪になることを覚悟のうえで、ペリーの黒船に乗り込み、米国への密航を企てた罪で投獄されている。伊藤利助はこの吉田松陰から受けた教えを基に、志を日本国のために命をささげて使命を全うすることとし、実際その後日本の初代内閣総理大臣になったわけだ。

なお、この話には後日談があり、その後日本国内でフグを食することを解禁にしたのが、誰あろうこの伊藤博文だったとのことだ。フグは専門の調理師により毒を含む臓器さえ除いてもらえば食中毒のリスクは回避できるということがわかったからだろうが、実際フグ毒の本体がテトロドトキシンであるということなど、その健康リスクが詳しく判明したのは20世紀に入ってからのことなので、明治維新当時の科学的知見は少なかったはずだ。そんな時代に、フグ毒の健康リスクは比較的大きいというリスク評価を明確にくだした吉田松陰は、やはり賢かったと言うべきだろう。

その当時に比べると、現代社会は健康リスクがより科学的データに基づいて評価できる時代になったはずだが、なぜか食の健康リスクを正当に恐れる市民が多いかというと必ずしもそうではない。

風評被害に惑わされて科学的に無視できるような健康リスク(食品添加物、残留農薬、GM作物、食の放射能汚染など)を無用に避ける一方、逆にフグやキノコなどの自然毒や生食の微生物による食中毒に関する知識が浅い消費者が、無謀な判断でこれらを食してしまい、毎年食中毒患者が発生しているという本末転倒がある。

フグ毒に関しては、種類によっても可食部位が微妙に違うので、専門の調理師さんにまかせる必要がある。フグ毒に関する情報は厚労省のホームページにて、自然毒のリスクプロファイルを参照されたい:
http://www.mhlw.go.jp/topics/syokuchu/poison/animal_01.html

ちなみに、「花燃ゆ」の中で塾生たちがフグを鍋にして食べようとするシーンで、「フグ毒は加熱すれば大丈夫だろう」とのコメントを塾生(久坂玄随?)がしていたのが少々気になった。そのコメントが正しいのかどうかの解説が番組中になく、「加熱すれば、フグの危険部位を食べても大丈夫なのか?」という消費者の疑問に答えずに終わっていた。当然、テトロドトキシンなどのフグ毒は、少々の加熱で無毒化されるわけではないので、専門の調理師によるフグ料理以外に自らチャレンジするのは止めていただきたい。

こういったフグ毒の情報を積極的に不特定多数の市民にお伝えすることで、フグの危険部位を回避してもらうことこそ、まさに重要なリスクコミュニケーションとなるわけだが、ともすれば美味しいフグ料理を提供・販売している方々が風評被害を恐れて、そのリスコミに消極的であることはよくない。やはりそこに健康被害が発生する可能性がある限り、そのリスク情報を正確に消費者にお伝えし、正当に恐れていただくことは重要だ。

その意味で筆者が最近食品事業者や行政の方々におススメしているのが、首題の「ハラキリ・コミュニケーション」というリスコミ手法だ。

たとえば、フグを販売している業者さんたちにとって、フグ毒の情報を顧客に伝えることは、ある意味無用にお客さんを怖がらせてしまって買ってもらえないのではないかと、くさいものには蓋をしてしまいがちである。リスク管理責任者は決して悪気はないのだが、不都合な健康リスク情報はあえて言わない傾向にあるわけだ。だがそのリスク情報が隠された状態を、いまの日本の消費者はどう評価するだろうか。

「組織によるご都合主義の隠ぺい」と捉えるのである。この情報をオープンにすると市民にパニックが起こる、無用な情報で風評被害を起こしたくないなど、結局は自分たちの組織を守るための健康リスク情報隠ぺいは、社会から厳しい非難を受けるのがいまの日本だ。だから企業にとって不都合な情報ほど、早くゲロっと白状しておいたほうがよいというのが「ハラキリ・コミュニケーション」の基本思想だ。

もちろんこのリスコミ手法を考えるときに、本当にそのリスク情報をお伝えすることで市民が健康被害を回避してもらいたい事例に関しては、商品ラベル・取扱い説明書や広告の文章にわかりやすく表示することが必要だろう。

健康リスクの高い方々ほど、気づいてもらわないといけないからで、たとえば食物アレルギーがその典型例だ。筆者はいつも、食品に含まれるアレルゲン情報は、詳細にしかもむしろ目立つように記載すべきだと主張している。それが顧客のリスク回避に大いに役立つことも当然重要だが、企業のCSR上も明らかにベターだからだ。

ところが、以前は商品のリスク情報というと、どちらかというと顧客にとっても後ろ向き情報で、ラベル表示の中では花形になりえなかった、食品事業者にとっては不都合な情報だった。アレルゲン情報を大きく書いてしまうと、それで消費者が何か危険なものが含まれていると勘違いし、買い控えにつながるとの懸念があったからだ。

だがいまは完全にそこが逆転した。企業にとって不都合な情報をわかりやすく露出する「痛みをともなった切腹」のほうが、武士のいさぎよさを尊ぶ日本文化に合っているということだ。

だからこそ、企業にとっての不祥事が発生してしまったときにも、いち早く謝罪会見を開き、われわれの不徳のいたすところですという「ハラキリ・コミュニケーション」が必要なのだ。徹底的な原因究明で組織の膿をだし、再発防止策に努めますという情報開示ができれば、顧客も消費者も痛みをともなう情報開示をして謝罪している事業者に対して、そこまで懺悔するなら信用してもいいよ、次もお宅の商品を買ってやるよと感じるのであろう。これは武士の潔さを美しいと感じる日本ならではの感覚ではないかと思う(もしかしたら日本文化を素晴らしいと感じている世界共通の認識かも・・)。

だからこそ、最近の民間企業は商品の自主回収を決めると、その対応が著しく迅速だ。自動車業界のエアバッグ問題などでは、そこまでしなくてもというくらい潔いハラキリであったように思う。ただ、明らかに健康被害を伴わないようなリスク情報の場合、ハラキリは禁物であろう。たとえば、食品の賞味期限や原産地情報に誤りがあった場合は、もちろんその内容にもよるが、そのほとんどはお詫び通知をホームページに静かに掲載し、お問い合わせをしてこられるお客様に対して事実関係の説明責任を果たせばよい。

ハラをきって謝罪すべきは、あくまで顧客に健康被害や損害が生じた、もしくは生じる可能性が高いので、当該リスクを顧客に避けてもらいたいという場合に限るべきではないか。

ただ、企業のお客様相談室などに電話をかけてご指摘をされるようなお客様の場合、企業側から提供された商品や情報に不満や不安をもって電話されているわけで、「ハラキリ・コミュニケーション」が重要だ。

お客様が期待される以上のリスク情報がうまく伝えられたときに、初めてお客様からの信頼が得られるので、企業担当者はぜひゲロッと情報開示をしていただきたい。痛みをともなうハラキリをすることで、「そこまで教えてくれてありがとう!」というお客様の信用が得られる瞬間を、きっと体験できると思う。

(文責:山崎 毅)

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