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2‐4 身体を超越してみる

 運動イメージでは身体の一部を延長する、仮想点をつくる、外と繋げるなどもパフォーマンスを変える効果的な方法です。

 2人組で腕相撲の体勢をとって、次の運動イメージを試してみましょう。パートナー側は受け手としてプレイヤーの力を感じながら変化を言葉にして伝えてあげてください。では怪我の無いよう勝負性は控えめに、ゆっくり行ってみましょう。

 A:プレイヤーはパートナーの手の甲をフロアにつける運動イメージで行う。
 B:プレイヤーの前腕の長さの3倍ほど長く延長した点をXとし、視点もXに置いて、Xが急角度でフロアに倒れ込む運動イメージで行う。


 AよりもBのほうが強い力が出ると思います。現実の腕の長さは変わりませんが、想像上のリーチを延長することで、「より遠い地点のものを動かす運動イメージ」が想起されますから、その運動イメージを基にした運動が出力されることになります。「3倍の長さになった前腕を倒そうとする運動」には通常よりも多くの筋群が参加してくれますので、結果として筋の出力も大きくなります。


 次も同じく腕相撲です。パートナー側は受け手としてプレイヤーの力を感じながら変化を言葉にして伝えてあげてください。では怪我の無いように、お互いゆっくり行いましょう。

 A:プレイヤーはパートナーの手の甲をフロアにつける運動イメージで行う。
 B:プレイヤーは、スタートの時のプレイヤー手の場所をX、掌方向70センチくらい離れた場所を仮想点Yとする。(Yに目印を置くのもありです)XとYを直線で結び、その直線XYの距離が短くなるような運動イメージで行う。

 


 これも想起される運動イメージの大きさが違います。Bは自分の身体の範囲を超えていますので、Aよりも動員される筋肉が多いです。さらにYという目標があるため筋力を発揮するベクトルも少し変わります。スタートの時点から、「相手のベクトルと真っ向勝負しない角度」になりますし、途中に膠着したときYの場所を想像上で動かせば、ベクトルを変化させることもできます。

 アスリート、パフォーマーの武器は身体です。

 自身の身体を知ること、リーチを知ること、動ける範囲を知ること、制空圏を知ること、これらはとても大切です。ただそこにフォーカスしすぎると「自分の身体を動かす」の発想にとらわれ、想像の範囲が自分の身体を超えなくなってしまうんですね。

 しかし「延長する」「外と繋がる」ことで肉体から飛躍できる可能性があります。運動イメージは自由ですから、どんどん飛び越えちゃいましょう。

 
 ピアノで鍵盤を押さえて音を響かせたいとき、「今の指の長さのまま鍵盤を押さえる運動イメージ」と「押さえた瞬間、指先が垂直方向に7センチ伸びて深く突き刺さる運動イメージ」では、音色や響きはどのように変わるでしょうか?


 歌を歌う、アナウンスをする、演説をする、セリフを発するなどの場合、顔面の表情筋群や舌をダイナミックに動かす必要があります。そのようなとき「口角を上げる」動きでも、ただ口角を上げようとするよりも、口角の水平延長線上の仮想点XをつくりXを上げるようにすると、脳は「より長いパーツを動かそう」と筋肉に指令を出してくれるでしょう。

 ボクシングのパンチが「手だけ」になってしまう選手は、打つ側の骨盤の外側に仮想点Yをつくり、仮想点Yを動かすように身体をつかうのもアリかもしれません。パンチにも全身が参加してくれますし、スピードも威力も変わるでしょう。

 これに限らず、格闘技は空間の取り合いでもありますから、自分と相手の間に仮想点を置く、仮想ラインや仮想ゾーンを設定するなど「身体の外に意識をおけるかどうか」は大きな差になるでしょう。
 

  テニスやバスケ、サッカー、卓球などで、「フットワークに難あり」と感じている方は、フロアや空中に仮想点を置いてみるとあっけなく上手くいくことがあります。

 「仮想点に引っ張られる」、あるいは「仮想点を中心点として弧を描く方向にステップする」などの運動イメージは、身体の外とリンクするので、自分の身体全体がひとつになって動く感覚が得やすくなります。対人競技の場合、「右に行こう、左に行こう」の意図はシンプル過ぎて相手にも伝わりやすいのですが、「あの点を中心に円を描いて動こう」の場合はその所作が読みづらくなります。ぜひいろんなパターンで試してほしいと思います。


 ボーカル、発声、応援などで、声を遠くに届かせたいとき、あるいは大きな声を響かせたいとき、「腹から声を出せ」と指導されることがあります。腹部を十分に使って発声する、という意味では、とても大切なのですが、「その感覚が掴みづらい人」、逆に「もう十分その感覚を得ている人」もいらっしゃるでしょう。

 そのような場合、「背中の後ろ30センチの地点Xから声が自分の身体を貫いて目標の地点Yに飛んでいく」という運動イメージを試してもらうことがありますが、この運動イメージでパフォーマンスは結構変わります。


イラスト サユミさん@sayumino1nichi

 ある俳優はこれを「観客全員のエネルギーが私を通過してXに集まり、そこから観客に扇形で戻るイメージ」にアレンジしたら上手くいった、と報告してくれました。パフォーマンス医学がどんどん現場で発展していくのはとても嬉しいですね。

 私たちは実際の身体を超えられません。でも運動イメージは身体を軽々と超えられます。ここにパフォーマンス向上の可能性があるように思います。


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