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パフォーマンス医学 はじめに

可能性にアクセスするパフォーマンス医学

はじめに

「パフォーマンス」という言葉から、どんな場面を想像するでしょうか?

オリンピック選手の人間技とは思えない高次元のスポーツパフォーマンス。
世界的音楽グループによる授賞式ステージ上でのキレキレのダンスパフォーマンス。
演劇や舞踊、伝統芸能における演者の突きつめた身体パフォーマンス。
海外オーディション番組で審査員の眼を丸くする日本人の超絶パフォーマンス。
対戦相手を挑発するプロレスラーの過激なマイクパフォーマンス。
政治家が国会や討論番組で、有権者を意識して行う政治的パフォーマンス。

「パフォーマンス」という言葉は、ともすると日常生活の外側にある、アスリートやアーティスト、芸能人、著名人など、目立つ立場にある人の特別な領域の言葉として考えられがちです。

 しかし「パフォーマンス」は、もっと日常に、もっと普通に、もっと身近にあるものです。たとえば、普段の会話でもよく使われるコスパ(コストパフォーマンス)は、費用に対する効果のことで、コスパがいいとやはり単純に嬉しいものです。また「スマホに新しいアプリを入れたら処理能力が上がってパフォーマンスが向上した」「睡眠環境を整えてよく眠るようになったら仕事や趣味におけるパフォーマンスが向上した」といった感じで使われる言葉でもあります。

 つまり「パフォーマンス」とは、演技、演奏、プレーなどの身体を使った表現、大勢の中で人目を引くための目立つ行為、性能や機能、業績や成果など、多様な意味で使われる言葉でありながら、どれも「実行に関わる」という共通性をもった言葉だといえるでしょう。

【誰もがパフォーマンスを向上させられる】

 これが本書の核となるメッセージです。とはいえ、「これをやれば上手くなる」「必ずできるようになる」という性格の書ではありません。なぜなら私たちの身体はそれぞれがオリジナルであり、脳も誰ひとり同じではないからです。ある方法があるタイプの人にとってプラスに作用することもあれば、別のタイプの人にはマイナスになることもある。同じ人においても、ある時期には効果的だったノウハウが、別の時期には意味をなさない。ルールや状況が変われば、それまでのやり方は通用しない。そのようなことはしょっちゅうだからです。「これさえやれば完璧」、そんな方法もノウハウも存在しない。それが本書の前提です。

パフォーマンスを行うのは他でもない「人間」です。もっと人間にフォーカスしたらどうだろう?源流から捉えてみたら何かわかるかも?原理原則を共有できたら、それぞれの向上につながるんじゃないか?DNAや環境に恵まれた人たちだけではなく、誰もが自分の希望(そうあってほしい未来)に近づけるんじゃないか?

 いろんなジャンルの素晴らしきパフォーマンスに心を動かされてきた私にとって、これらの「問い」に向かい続けることが、いつしかライフワークとなっていました。

 そんな私が、ひとつだけお約束できるとするならば、それは「パフォーマンスは変えられる」ということです。

 記憶が変われば、想像が変わる。想像が変われば、運動イメージが変わる。運動イメージが変われば、運動が変わる。運動が変われば、パフォーマンスが変わる。パフォーマンスが変われば、視える景色が変わり、感じられる感覚が変わり、身体が変わる。「読んで、動いて、試して」みれば、あなたの脳が、あなたの身体が、あなたの可能性を教えてくれるでしょう。

ひとつの例として、「視る」というテーマの一部をご紹介しましょう。


 手のひらの真ん中をみて、手全体を視ると、手は「大きく」視えます。今いる場所の景色全体を視界に納めてから手を視れば、手は「小さく」視えるでしょう。「大きい」とは、小さいエリアから大きなエリアを視る運動、「小さい」とは大きなエリアから小さなエリアを視る運動によって感じられる感覚だとわかります。


 この原理原則を理解していれば、大勢の前で何かを発表する時、緊張感に襲われそうになったら、「会場全体を視界におさめてから、聴講者を視る」という運動を経ることで、プレッシャーを減じる、というような応用が可能です。お子さんがサッカーをやっていれば、「緊張したらフィールド全体を視て相手チームを視てごらん」とアドバイスできますし、ソロのシンガーであれば、衣装に「目立つワンポイントのアクセサリー」などをつけて、そこにオーディエンスの視線を集めてから「歌う姿を大きく感じさせる」といった工夫もできるわけです。

このように本書は、パフォーマンス向上における医学的背景を共有し、簡単な運動例・手軽な実験例を示しながらできるだけ具体的にお伝えすることを目的としています。

 幸運なことに、私はパフォーマンスというものに多角度から光を当てる機会に恵まれてきました。スタートは8歳の時、強くなりたくて(弱い自分が嫌で)父に相談しました。すると父は「沖縄の子たちは、空手をやっていてね、相手の攻撃から身を護るんだ」と、上段受けを教えてくれました。「空手やったら、僕も強くなれるかな?」「きっとなれるよ」そんな会話から、実践者としてのパフォーマンス追求が始まりました。


 運にも恵まれ、海外での試合を含め13歳から29歳まで試合に出場しましたが、簡単に数えられる優勝回数よりも、数え切れない数の負けが、悔しさと気づきを与えてくれました。

 輪郭の部分だけ、とはいえ大学で学んだ「医学」との出逢いも大きなものでした。内科学、整形外科学、皮膚科学といった「臓器別・部位別」の専門性を追求した医学。スポーツ医学、リハビリテーション医学など、スポーツをやる人、疾患や外傷で機能障害を負った人など「属性別」で幅広くカバーする医学。解剖学や、生理学、発生学や病理学などの、あらゆる臨床医学のベースとなる基礎医学。病気になる数歩手前で「そうならない」ための予防医学。それらの圧倒的集合知の存在は心強いもので、パフォーマンスを医学的な視点から考えるようになりました。

 そしてドクターとして立つ医療現場は、私にとっての実践教室です。スポーツが大好きなのに気がつけば怪我と戦っている運動部の中高校生、全てをかけて競技に打ち込んできたのに故障やダメージで戦線離脱するアスリート、「絶対家に帰る」と毎日合計3時間以上リハビリに励む90代の大先輩まで、「少しでも望む状態に近づきたい」と行動する患者さんたちから学んでいます。

 そういう意味では、ひとりでは気づけなかったことの集大成でもある『パフォーマンス医学』。これを私で止めてしまってはいけない、出逢った人の可能性に少しでも貢献したい。本書はそのような想いから執筆されました。 

・第1章では、運動が生じるシステム、脳と運動について考察しています。つい当たり前と考えてしまいがちな「運動」ですが、知れば知るほどその緻密さと精巧さに驚くばかりです。特に運動の源流へのアプローチはパフォーマンスを次のレベルに引き上げてくれるでしょう。

・第2章では、身体の不思議に着目してみました。視るってどういうこと?歩くとパフォーマンスの関係は?「腰を落とせ!」の指導は動けなくなる?格闘技医学においてリング上で実証されてきたレントゲン画像等も登場し、「読んで、動いて、変わる」面白さを共有します。地球と仲良くする「重力」の使い方も解説していますので、地球外からいらした生命体の方々にも是非読んでいただきたい章でもあります。

・第3章では、パフォーマンスや練習の土台となる「静かなる強化」について考察しています。何気ないジェスチャーの中にヒントがあったり、睡眠中に脳の中で凄いことが起きていたり、言葉ひとつで運動が大きく変わったり、といったことが実際にあります。パフォーマンス以外の部分もまた、パフォーマンスを高めてくれるでしょう。

 現代社会おけるテクノロジーの発達、特にスマホで動画を視聴する、SNSを眺めるなどの日常生活の変化は「運動の欠落」というマイナスを招いています。これは「運動と共に理解する」は人間本来の性質とかけ離れつつあることを意味します。

 その一方で、次から次へと「初」を現実化し、メジャーリーグでの記録を更新し続けるベースボールプレイヤー・大谷翔平選手、ひとりの厳しい研鑽に次ぐ研鑽が、人間の運動と表現の限界のラインを突破してきた象徴的な例であるフィギュアスケーターの羽生結弦選手、人間の思考領域の可能性を現在進行形で拡大し、前人未到の領域を歩み続ける藤井聡太棋士、『日本ボクシング史上最高傑作』であり、パウンド・フォー・パウンド(体重に関係なく強さを示す評価)において、日本人として史上初の1位となったボクシングの井上尚弥選手など、とんでもない若い世代が純粋にその実力で存在感を示す時代でもあります。

 気が遠くなるほど途方もない回数、「身体に問い続けた過程」が、人々の感動を呼び起こす。どれだけ時代が変わろうとも、この部分はおそらく変わらないように思います。ですから日常生活をはじめ、あらゆる場において自身のパフォーマンスを向上させようとする人々は、世の中に希望を感じさせる光のような存在なのだと思います。

 全く気づかなかった私がみた景色の、もっと先を楽しんでいただくために。あなた自身の可能性にアクセスするために。何があっても未来の方角に向かって立ち上がるために。

『パフォーマンス医学』が、あなたの旅の小さなセコンドになれば、著者としてそれ以上の喜びはありません。   

追伸:羽生結弦選手について、著作にて初めて言及させていただいたのが『パフォーマンス医学』です。ここに至るまでの想いと過程をこちらに記していますので、もしお時間ございましたらお立ち寄りください。

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