ショートショート②「民意」
この島の様子がおかしいことは明らかだった。
荒波に抗い、海獣たちをなぎ倒し、やっとの思いでこの島に漂着した船乗りの旅人エドワードは、愛車ならぬ“愛船”ドラゴンロック号を岸に停泊させ、人気のないこの島を最初は不審に思ったが歩き進めていくうちについに人混みにぶつかった。
道中には魚屋や絵画販売店、薬屋などを見かけたが店員を含め人っこ一人見当たらなかったのは、みんなここに集まっていたからだろうか。
群衆の肌色は様々で、エドワードのような白人もいれば黒人もいるし、アジア人もいる。そして皆がなぜか怒っているのだ。しかし見方によっては楽しんでいるようにも見える。
群衆が見つめる先には、高台の上に登った兵士のような男と、足に錠をかけられた小汚い30歳くらいの痩せ細った男。兵士は武器を持っている。
「これは何の騒ぎなのだ」
「あいつは島の嫌われ者才蔵だよ。これから首を斬られるのさ」
「あの男は一体何をしたのだ?」
「何をって、まあなんか悪いことだよ。兄ちゃん旅人か?まあ黙ってみてろよ」
☆
この男の罪名を実は俺はよく知らない。何となく悪そうなやつだし、みんな悪いって言ってるし、何より俺はこいつが昔から嫌いだ!
最近島で起こったエイカ夫人殺人事件の犯人もどうやらこいつらしいしな。こんな悪いやつは俺たちが叩いてやらないといけないんだよ。
「あの男は一体何をしたのだ?さっきから聞き込みをしているが、誰もはっきりとした答えを持ってないぞ」
話しかけてきたのは見慣れない白人の男だった。旅人か?
「この前、長官の夫人さんが何者かに殺されたんだよ。その犯人が、あいつと言われている」
「言われている?この島に司法はないのか」
「あるにはあるがないに等しい。そんなものより強いものがこの島にはあるもんで」
☆
この男の罪名を実は私はよく知らない。エイカ夫人の一件が決め手となっているようだが、それは違う。だって夫人を殺したのは私だから。でもあれは違う。ただの事故だったの。そう、あれは違うの。
「死後のお前の魂は犬の餌以下だ!!」
「子宮からやり直したとしても間に合わない!」
「もっと忙しく死ぬべきだお前は!」
この島で使われる「言葉」という概念の中でも最上級の暴言が飛び交う。私もその大きな声の一翼を担っている。大きな声の中では何を言っても許されるのだ。
真実などどうでもいい。犯人はこいつでいいのだ。
☆
この男の罪名を実は僕はよく知らない。エイカ夫人の一件が決め手となっているようだが、それは違う。だって殺したのは僕の妹なのだから。
死刑執行役など誰もやりたくないに決まってるが、僕は速やかな執行のために島内軍事会議において立候補した。万が一、執行役が決まらず死刑日が遅れてその間に真犯人が見つかったら大変なことだ。
「本当にいいのか!」
処刑台の最前列にやってきてこちらに向かって叫ぶ西洋人がいる。一目見ただけでこの島の者ではないというのは分かる。彼だけ明らかに周りとは趣旨が違うことを叫んでいるから、群衆の視線はこちらからその男に移った。
「おかしいだろう!何の確証もないままお前はその男を殺すのか!それがお前の仕事なのかもしれないが、俺はお前の人間としての心を疑う!」
どうやら旅人は僕に向けて言っている。人間の心か。確かに無いかもな。
この島は狂っている。そんなことは外に出なくても分かる。
容疑をかけられたのは妹ではなく、才蔵という今俺の隣にいる男だった。その時に「ラッキー」と思ってしまった僕もまた狂っている。
ここにいる全員がこの男を犯人にしたがっている。それでいいじゃないか。
「騒いでるお前たちも同罪だ!全員で彼を殺すのか!」
正論は絶対的多数の前では無力だ。
☆
「オイラが何で昔から嫌われてるか知ってるか」
「……知らない」
「知ってるくせに。この肌の色だよ。紫色の、アエロカ族の血を引くこの肌だよ」
「執行時間だ。頭を前に出せ」
「あいつがその旅人か。何をさっきから吠えてるんだ」
「パフォーマンスだ。昔から変なやつなんだよ。いいか、最終確認だ。僕が首を切るタイミングで、血糊を良いタイミングで出せ。頭は僕が支えるふりをする」
「妹守るために必死だな」
「それはすまん。迷惑かける。斬った後はお前を裏に連れていくから、その隙に海岸まで走れ」
「金は?」
「すでに船に積まれている。ドラゴンをモチーフにした船だ。間違うなよ」
サポートしていただいたお金を使って何かしら体験し、ここに書きたいと思います。