耳繰町奇譚(みみくりちょうきたん)
美谷康煕氏に会いに行く。
耳繰町に足を運ぶのは、初めてだ。
道に迷って、出っ歯のおじさんに道を訊く。
明らかに関西人ではなさそうなのに、関西弁もどきの変なイントネーションで、懇切丁寧に教えてくれた。
「よくわかりました。
ご丁寧にありがとうございます。
助かりました」
「ほんまでっか?
そらよかった」
話すうちに、はっと気が付いた。
この人は、明石家さんまさんの真似をしているつもりなのだ。
意図はわからない。
冗談なのかもしれないし、趣味なのかもしれない。
まあ、余計な詮索はしないでおこう。
急いでいることもあるし…。
込み入った街だった。
教えられた場所にはなんとか着いたものの、美谷康煕氏の自宅を見つけることができない。
しばらくうろうろした後に、通りがかりの背の高い女性に尋ねてみた。
「すぐそこですよ。
ほら、あの角入ってすぐ」
「あっ、あそこも道だったんですね。
気が付きませんでした」
「だろうね。
木が邪魔してるよね」
お礼を言って、その角に向かう。
今の女性は間違いなく、江口のりこさんを気取っているなと確信した。
美谷家に無事到着した。
道中の妙な出来事について話すと、美谷康煕氏は、まるで訊かれるのを待っていたかのように語り出す。
「遠い昔の話ですが、この町に伝説の町長がいましてね。
20代から亡くなる95歳まで、勤め上げたそうです。
変わり者ではあったものの、私利私欲は皆無で、我がまま勝手や理不尽なことは決してしなかった。
町の人ために尽くしたので、ちょっとずれていたりしても、町民からは信頼されていました。
その町長の唯一の道楽というのがね、物真似だったんです。
見るのはもちろん、自分であれこれやってみせるのも好きでした。
それが高じて、『町民同士が出会ったら物真似をする』という変な規則を作ってしまった。
そんなに厳密なものではなく、努力義務だったんですが、町長が亡くなってからは、条例みたいなものになってしまったんですね。
更に『町民同士が出会ったら物真似をする』がいつしか、『他の町民と会う時には誰かの真似をしなければならない』になってしまったわけです。
『誰か』とは誰か?
当初それが問題になったのですが,自然な解釈として、その『誰か』とは町民の『誰か』ということになりました。
身近にいるよく知っている誰かということですね。
ところが、町内で相互に真似し合っていると、どうにもわけがわからなくなるわけです。
誰が誰の真似をしている誰なのかって…感じでね。
そこで、つい最近になって、町の総会で見直しが図られました。
最終的に、『誰か』は有名人や町外の人ということになったわけです」
「なるほど、面白い話ですね。
ところで、美谷さん、あなたは誰の真似を?」
「あなたですよ、たこやまさん」
そうか、道理で変な感じがすると思った。
何やら既視感があるのだが、その既視感になんだか違和感がある…という中途半端な感じだ。
幸い今の僕は町民ではないので、この規則を守る必要はないのだが、もしこの町に住むとなると大変かもしれないなあ。
いい町なんだけれども…
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