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海鼠の人

「ナマコ好き?
あたし、大好き」

Sさんは、低体温っぽいクールな美人だ。
彼女と初めて居酒屋に行った折、真っ先にオーダーしたのはナマコだった。
ナマコの酢の物が届くなり、ぱくぱく口に放り込む。

少し酒が回ると、

「あたし、口が大きいの。
ほら」

いきなり握りこぶしを、がばっと口に入れてみせた。

大きな口に恵まれたお陰だろうか、彼女は食べるのが早かった。
それも、いかにも大食らいう感じではない。
一見したところではマイペースで、ゆったり食べているように見えるのだが、気が付くと皿が空になっていた。
お皿を幾つも並べて、ちょこちょこつつくという食べ方ではなく、女性には珍しく、一品ごとに全部平らげるという食べ方だった。

Sさんは体温だけではなく、血圧も低いらしく、遅刻や休みや早退は、しょっちゅうだった。
仕事はしかし、よくできた。
特に事務能力の高さは、羨ましいほどだった。

彼女とは結局、付かず離れずの同僚のままだったが、事情があって、僕の方が先に退社した。

何年ぶりかで、偶然再会したのは、知人の個展の会場だった。
その知人は、彼女の知人でもあったからだ。

ばったり遇った流れで、そのままふたりで居酒屋に行った。
席に着くと例によって、Sさんはナマコを頼む。

ナマコの酢の物がテーブルに乗ると、大口を開けてぱくぱく。
昔とちっとも変っていない。

「相変わらず、見事な食べっぷりで、ほれぼれしちゃうよ」

「でも、ほれなかったでしょう?」

「いや、そんなこともない。
実を言うとさ、ほれこんじゃったんだよ。
特にあれ、今でもやったりしちゃうの?
拳骨をぱくり…」

「ああ、あれね。
あたし口下手でしょ?
喋るの自信が無いから、ついあれ、やっちゃんだよね。
絶対受けるし、会話のきっかけになるじゃない。
でも、今はもうやんないよ。
新しい技を開発したんだ。
前のやつに更に磨きをかけた感じかな」

「そんなこと言うと、見てみたくなっちゃうじゃないか」

「うん、いいよ。
見せてあげる」

言うなりSさんは、顎を突き出して、僕の頭をぱくりと口に入れた。

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