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家族の肖像

家族の真相は、外からはわからない。
一見幸せそのものに見える一家が、ある日突然崩壊するという事例に、最近立て続けに遭遇して、改めてそう思った。

幸せそのものに見える一家が実は壊れていることもあれば、その逆もまた珍しくはない。
どう見てもぶっ壊れているとしか思えないのに、実はそれなりにうまく行っていたりもするのだ。

隣室の南部谷さんは、4人家族と聞いている。
ところが、四十代と思しき奥さんのほかは、顔を見たことが無い。
奥さんは気さくそうな人なので、出くわすたびに家族のことを訊いてみようかと思うのだが、何か微妙な事情でもあるかもしれないので、やはり余計な詮索したくない。
本人が自分から話すのを待つしかないと思っていたら、間もなくそんな機会がやって来た。
南部谷婦人が大きな花束を抱えて帰ってきたところに、マンションの入り口で遭遇したのだ。

「わっ、立派な花束ですね。
何かのお祝いですか?」

「息子の誕生日なんです。
花が好きな子なので」

それを端緒に明かされたのは、高校生の息子さんが引きこもりだという事実だった。

更に後日、大手家電勤務の旦那さんも、メンタルの不調で、引きこもっていることが判明した。
併せて、旦那さんのお父さんも同居していて、引きこもり状態だという。
但し、彼女から見れば義理のお父さんに当たるその人の場合は、特殊な事情がある。
証券会社を早期退職し、自宅のパソコンで株の運用をしているのだが、投資家としての力量は一流。
衰えるどころか、年齢を加えるたびに冴えて来て、現在は専らその運用収入で一家を支えているという。

反対側の部屋の隣人一家も変わっている。
いや、変わっていると言えば変わっているのだが、変わってなどいなくて普通だと言えば、そう言えなくもない。

瓜川家もやはり、4人家族だった。
両親とふたりのお子さんがいるのだが、この4人が、区別つかないほどそっくりなのだ。
親子が似ているのは、不思議なことではない。
夫婦だって、長く寝食を共にするうちに、互いに似てくるということもあるかもしれない。
それにしたって、一家4人が、四つ子のようにそっくりだというのは、尋常であるまい。
4人を並べてみたら、少しは違いが判るかもしれないのだが、今のところそんな機会も無いので、家族の誰かに遭遇しても、誰なのかわからないことが多いのだ。

同じ階には、もうひとつ部屋があるのだが、しばらく空室になっていた。
けれども、つい最近、新しい一家が入居したのだ。
天馬林さん一家だった。
こちらも4人家族だが、挨拶に来たのはご夫妻だった。
とりわけ目立った特徴のない共働きのカップルだ。
中学生の息子と小学生の娘がいるとのこと。

それでも、このマンションでは珍しい点がひとつだけある。
それは大型犬を飼っていることだ。
おとなしい犬なので、吠えたりすることはないと思うが、何かご迷惑なことでもあれば、遠慮なくおっしゃってくださいとのことだった。

挨拶に来た両親に続いて、数日後には中学生の息子さんと小学生の娘さんも見かけた。
どちらも真面目そうな普通の子どもたちだった。
娘さんがスタンダードプードルを連れて散歩しているところにも遭遇した。
大型犬ということもあってか、リードを胴に巻いてしっかり固定していた。

珍しくオーソドックスな一家だと思っていたのだが、日が経つにつれて、どうもそうではない気もしてくる。
今はすっかり頭が混乱して、戸惑うばかりだ。
なぜかというと、父親だと思っていたのは、実は娘だった。
母親だと思っていたのは、息子だった。
そして、息子に見えたのは母親で、娘に見えたのは愛犬だったのだ。

では、あの立派なスタンダードプードルは?
もちろん、お父さんだったのだ。

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