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ベニコウジ

「帯状疱疹がね、あっという間に治ってしまったの」

煙山さんが言った。
美人なのに、いつも顰めっ面をしているから、何かと損をしている彼女だった。
そんな彼女が、近頃妙ににこやかなので、探りを入れてみたのだ。

「ベニコウジのおかげなの」

「ベニコウジって、もしかしたら、今サプリで問題になってるやつ?」

「じゃなくて、これよ」

バッグから高さ五センチくらいの小瓶を取り出す。
ラベルも何も付いていなくて、白っぽい粉が入っている。

「薬?」

「薬ではないから…これもやっぱり、サプリってことになるのかしら」

「危なくないの?
危険は無いまでも、胡散臭い代物だとか…」

「今のところ被害は無いみたいだし、わたしの場合、現に顕著な効果があったわけだから、まあ、いいんじゃないかと思ってるの。
暗示効果かもしれないけれども、それも効果には違いないしね」

「ぼくもね、変な持病みたいなやつがいっぱいあるんだけれども、中でも結構面倒臭いのが、過敏性腸症候群でね。
こんなのにも効くのかな?」

「基本的には、免疫力とか自然治癒力とかを高めるのが、メインの効能らしいんだけれども、それならば、どんな症状にも効果があるかもしれないね。
試してみたら?」

「でも、べらぼうに高かったりするんだよね?」

「まあ、安くはないけれども、べらぼうとか棍棒とかってことはないと思うよ」

煙山さんはクールで理知的な人なので、冷静な判断に基づいて、ベニコウジを薦めてくれているに違いない。
試してみる価値はあるだろうと結論して、入手方法を教えてもらった。

その方法というのが、何やら胡散臭い様相だったのだが、そこは何か複雑な事情があって、カムフラージュするめだろうと思うことにした。
ひとことでいえば、「ベニコウジのベニコウジの所へ行け」と洒落みたいなミッションなのだ。

数日後、スマホの地図を頼りに、某県某市紅小路町の紅幸治氏を訪ねた。
何かの写真で見たサルバドール・ダリを、日本人にしたような胡散臭い紳士が迎えてくれた。

「すみません、煙山不知さんの紹介で参りました」

「ええ、話は承っております。
ベニコウジの件ですよね?
さっそくですが、ご用意いたしましょう」

「そのベニコウジっていうのは、やっぱり、今話題の紅い麹に関係あるもんなんでしょうか?」

「いえいえ、違います。
やっぱり、そんな風に取られてしまいますよね…当方としましては、大変迷惑なことなんですが。
そもそもこれは、ベニコバエの幼虫から作られたものなんです。
つまり、ベニコバエのウジ、ベニコウジというわけですね。
ご覧になりますか?
まあ、見た目は珍しくもない、普通の蛆虫ですけどね」

「いえ、けっこうです。
で、なんでそれがそんなにすごい効果があるんですか?」

「ベニコバエは途轍もなく生命力が強いんですよ。
蝮の千倍以上と言われています。
殊に子供の蛆虫は、クマムシを凌ぐとも言われています。
低温にも高温にも強く、ちょっとやそっとの物理的ストレスでは死にません。
ベニコ蛆をフリーズドライして粉末にしたものが、このアイテムというわけです」

結構な額だったが、買えない値段ではない。
効果のほどは不明ながら、万事が芝居がかっていて、なかなか楽しめる。
エンターテインメントと思えば、高い買い物ではないかもしれない。
とりあえず、一か月分に相当する量を買うことにした。

万一効果があったら、報告いたします。
報告の無い場合は、効果が無かったと思っていただければ幸いです。

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