スペチアーレなピザ
夕飯はピザで済ませることにした。
ベジタリアンなので、食事は生野菜や温野菜が中心で、大した手間はかけないのだが、材料が揃っていないことは間々ある。
きょうも、そうだった。
帰りがけに、ドレミピザに寄る。
通常は肉を使ってないメニューを選ぶのだが、面倒臭い場合は適当に選んで、食べる時に肉を取り除く。
今回は、マルゲリータにサブメニューでサラダを頼もうかと思ったのだが、店長風のお兄さんがおススメがあると言う。
「きょうだけのスペシャルなんですが、いかがですか?
スペチアーレって言います。
ピッツァ・スペチアーレ」
「どんなのでしょう?」
「それは、蓋を開けてのお楽しみということで。
でも、絶対損はさせません」
「損はしなくても、口に合わないとかってことは、あるわけですよね?」
「ええ、まあ…でも、後悔は絶対しないと思います」
納得はできなかったのだが、それだけ自信を持って勧めるなら、まあ、騙されたと思って…ということで頼むことにした。
元々、食い意地は張っていない。
食に対しては、そんなにこだわりがあるわけでもないのだ。
家に着くと、さっそく箱を開けてみた。
出てきたピザは、とりわけ目を引くものではない。
チーズのほかには、トマトやらピーマンやら色見のある野菜が乗っている。
形や厚みも変わったところはない。
何がスペシャル?
どこがスペチアーレなのだろう。
テーブルの上のピザを立ったまま俯瞰していると、グラタンがぐつぐつ焼けるような動きが見えた。
気のせいかと思って、顔を近づけてみると、気のせいではなかった。
ピザの表面がゆっくりと、波打っていたのだ。
そしてその表面は明らかに、少しずつ上昇していた。
ヘビ花火のようににょきにょき、あるいはメスシリンダーに少しずつ水を足して行く時の水面のように。
ひとことで言えば。ピザ全体が天に向かって伸びているのだ。
気が付くともう、天井に接するばかりになっていた。
不安定な状態で少し傾いてはいたが、倒れはしなかった。
「あっ、わかった、これはピサの斜塔じゃないか」
危ういバランスで天井まで伸びたスペチアーレなピザを見上げながら、僕は思わず声に出して言った。
懸念されることがふたつあった。
ひとつ目は倒れないかどうか、ふたつ目は全部食べられるかどうか。
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