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誇れない(と思っていた)私の経歴とキャリア支援の模索。

たきかなです。
今回は私の経歴と、キャリア支援の模索に至るまでを書いてみます。


▼製造業での人事総合職

新卒で入社した会社では、人事をやりました。
気づけは約12年。
人事の仕事は幅が広いです。

工場人事

北関東の一製造拠点での人事経験。
自分にとってはかなり濃厚な仕事経験でした。
労政、人事、総務系も少し。
製造業では安全もかなり重要なポイントです。
年次業務、月次業務、突発・単発の対応(トラブル対応とかね)、なんでもやらせてもらいました。

本社人事

社内異動も経験させてもらい、本社での人事業務もやりました。
国内外出向手続き、人件費の請求手続き、海外旅行保険手配、業務改善などの事務バリバリの業務から、労政として労組折衝(労働組合と交渉する窓口)まで同じ人事部内の仕事かな?って疑問に思っちゃうくらい振れ幅の大きい仕事をしてきました。
個人に紐づくデータを扱うこともあったし、従業員データとして平均的な数値を集計して経営者が判断するための資料を作成したり。

ひとつひとつの仕事は、すごく意義があるしやりがいもあったけど、何にしても忙しすぎた。
それで、辞めました。
心身ともに疲弊して、子どもにも影響がではじめて、両立どころの話じゃなくなって、上司に相談しても受け止めてもらえてる感じがしなかった。
もう少し、子どものことをケアしながら働ける環境を求めて転職しました。

▼インテリア業界で営業事務

地方本社の東京支店勤務

従業員数3000人規模の大企業から、約60人規模の中小企業へ転職。
残業はなく、むしろ勤務時間中にも手持無沙汰が発生するくらいのんびりした環境で、カルチャーショック。世の中にはこういう働き方もあるんだ・・・。「やりがい」が急速にしぼんでしまったこと、年収が下がったことに予想以上にショックを受けている自分、「お手伝いさん」扱いされることの悔しさ。
「大企業で、総合職で、ばりばり仕事している自分」を諦めたことが、思っていた以上につらく感じて、戸惑いの連続でした。

それでも、「働き続けたい」気持ちだけは捨てずに食らいつきました。
時間の経過とともに任せてもらえる仕事も増えて、プラスアルファの価値提供ができるはず!と意気込んでいた矢先。
子どもが学校へ行かなくなってしまったのです…。
もともと、熱を出しやすい体質・学齢期だったようで、前職の終盤くらいから、毎月のように発熱による呼び出しの連絡が入るようになっていました。
自分の激務のせいだと思っていたんです。それもあったと思いますが、たぶん、それだけじゃなかったんですね。残業もないし、持ち帰り仕事もないし、子どもと向き合う時間は増えた、何より精神的な余白が全然違って、それで子どもも安定していくと思っていたのに。
子どもの安定のために、自分のキャリアを捨てたはずなのに。

突然の不登校。
自分の気持ちをまだうまく表現できない子どもにやきもきする日々の始まり。
励ましてみたり、怒ってみたり、諭してみたり、、、
まだ長時間の留守番も難しく、在宅勤務もままならない業態。
退職することになりました。

実はここ数か月の出来事です。

母になると、業務にフルコミットどころか、毎日仕事に行けるかどうかだけでも神経をすり減らす。世の中の働く先輩ママさん、こんな日々に負けずに、仕事を続けている事、本当にすごいことです。
私は諦めました。

不登校は解決しないまま、春休み突入です。
4月からは下の子が入学します。
どうなることやら。


触れるの忘れてたのですが、夫は別居中(単身赴任みたいな)なので、基本ワンオペなのです。
もちろん、要所要所では協力してくれるものの、夫も激務で、手助けも限定的。夫は仕事が大好きで、生きがいで、「育児に協力するために転職や仕事の調整」なんて選択肢は、最初からない人でした。

▼てことで今ココ。

ちょっと受け入れ始めた

実はここ数か月は、これら(子どもの不登校、会社のこと、さらには下の子の卒園)の、向き合うべきアンユージュアルなイベントが多すぎて、疲れ果ててたんです。
同時に、喪失感も大きかった。
自分で給与をもらい、自分で社会保険に加入にして、自立して働くことが、自分にとってすごく重要な要素だったことに改めて気が付いた。
そのハードルが、急激に高くなって、つまづいてしまった。

・・・でも、今までの状態をたとえて言うなら、育休復帰から今まで、ふたりの幼子を小脇に抱えて猛ダッシュしてきたようなもの。
腕も足も限界だったんだ。
子どもが、私を止まらせるために、「ちょっと降りたい」と自ら降りて、休ませてくれたのかも。

状況は何も変わっていないけど、自分の中での「現状認識」を少し変えたら、とたんに前を向けた。(まぁ、視界は靄が濃く立ち込めていますが。)

悔しさとキャリア支援の模索

それで、「キャリア支援」がやりたい、にたどり着きます。
もともとは育休から復帰したばかりの頃に、やる気満々で復帰したのに総合職には任されないはずの業務を割り当てられ、マミートラックを警戒し、どうにかしたい、と思って、キャリアについて学び始めたのがきっかけでした。
その後は、これまた紆余曲折あって、ストレートに活かすことができていなかったのですが、「今ココ」にたどり着いてやっと、この悔しさを絶対に活かしてやるって決意した。メラメラ。
そんな思いで、自分なりのキャリア支援を模索し始めるに至ります。

▼これからのこと

お仕事募集中!

まだ動き出したばかりですが、キャリア支援につながりそうなお仕事、募集中です!
自分でも探してトライしています。

うまくいかないからこそ価値がある?

一般的に自分の年齢に求められる職務上の経験としては豊富ではありません。そのうえ、育児真っ最中で、ワンオペで、ついには「低学年の壁」に撃沈したわたし。
もはや社会からは労働力として期待されていないのかもしれない。自分がただ働きたいなんて、環境も整わないのに、何言ってるんだ。って思われてるのかもしれない。
まともに会社に行けないんだから、ましてや「キャリコンなんて出来る訳ない。」自分のキャリアに満足していないんだから「人のキャリア相談のってる場合じゃない」とすら思ってしまってた。

でも、これ私の悪い癖で。
なにか一つのことがうまくいかないと、もう全部ダメ。私という人が全部ダメ。って、自分で自分のコト、全部否定し始めちゃうんです。

「否定」は何一つ、未来につながらない。
自分にも、「ここまでくる過程で感じてきた苦しさ」「両立してきた経験」・・・いろいろあるじゃない。
自分が悩んできたことが誰かの役に立つかもしれない。
自分のように悩む人を減らすことに、これからの自分のリソース使いたい。と思ったんですよね。

挫折だらけの経歴に価値を付与するのは、これからの自分の行動でしかないんですよね。

 「現状認識」を変えたら、次は「現状」を変えていこう。

悩みをマルっと受け止められるキャリコン目指して。相談者と同じ景色が見られるように、そっと横に並べるように、キャリコンの技能をもっと磨いていきます。

働きたいという想いをつらつら書いてきたけど、相談者にそれを強要するつもりは全くないし、話も聞かずにそういう前提でアドバイスするつもりも全くないですよ!
むしろ今は、突然訪れたこの期間をどう過ごそうか、それも楽しみになりつつある!


長文になってしまいました。
読んでいただき、ありがとうございました。



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