書き始める。

夜8時。寝るのには早いし、でもこんな夜に限ってハウスメイトはみんな出かけてしまって、リビングルームはしんと静まり返っている。そんな時は決まって、自然と体はアトリエに向かい、私はすんとミシンの前に座る。Hidden nightと名付けたプレイリストを流し始め、縫いかけのオーダーメイドのマキシスカートを針にセットする。

日本に住んでた頃は、することが思いつかない夜なんてなかった。ような気がするだけかもしれない。だって日本を発ってからもう直に6年だ。でもアフリカ、ケニアの夜にできることの選択肢なんて、東京のそれに比べたらリアルに50分の1くらいなんじゃないだろうかと思う。そもそも自由に動き回れるほど安全でもなければ、発達した交通機関も、娯楽のバリエーションもない。

夜に縫っていると、どこからともなく古い記憶が突然脳裏によぎることがある。ふと、モンゴルの草原でゲルに泊まり、360度見渡す限りに広がった星空を見たあの夜がフラッシュバックする。数戸のゲル以外はだだっ広い草原で、地平線から地平線まで、全部星を散りばめた、夜空。世界に流れる異なる時間の存在を、それはまるで秘密を暴くかのような気持ちで噛み締めた、2014年6月。日本を経ってまだ半年で、英語なんてろくに話せもしなかったあの頃。

5年弱も無帰国で世界45ヶ国をひとり旅をしたなんて、自分のことなのに最近じゃ誰かのことのように思えてしまう。それでも今こうして、なぜかアフリカのケニアにひとり乗り込んで住み始めているのだから、その延長にいるんだろうけれど。

この6年間でどれほど自分のアイデンティティを解体しては組み直したんだろう。正直ちっともわからない、そうしたということ以外。でも自分がもはや世界が描くあの日本人ではなくなってしまったことだけはよくわかる。それがいいのか悪いのかも考えないようにしている。いいだろうし、悪いだろう。

34歳独身フリーター。キャリアと呼べる何かも、守るべき何かもない。日本に住んでいれば不適合者の烙印でも押されるだろうか。マンションを買う頭金もないし、生命保険なんてとっくの昔に解約した。結婚はどうするのとか、子供を産みたいのなら、とか。老後の保証はとか、生計は貯金はとか。甘い、と思うなら思ってくれていい。けど自分の責任と名前の元に、しかも異国異文化に生きることは、ちっとも楽でもなんでもない。それでも私はただただ、自分という宇宙の塵が、どうゆうわけか生を授かり生きているということを、純粋に味わい面白がって生きたいんだと思う。あのまま東京でキャリアを積み家族を持ち安定を築き生き続けられたのに。私の中の何かが、何にも何処にも属さないというリスクを、何故か選んだ。

でもこれだけは、心から言える。そんな今の自分が、人生が、自分史上最も愛おしいのだ。なぜなら、私は、私を生きている。それはようやく、自分が紛れもなく自分であるという感覚。


日本を発って旅に出た理由は、とよく聞かれる。色々あるけれど、ことの発端はこの質問に、答えられなかったから。

明日死んでも、後悔しないか。

いや、もちろん死にたくはない。けどそういうことじゃなくて。万が一明日死ぬことになった時に、やり残したことはきっと山ほどあれど、それでも今日、この瞬間に自分がやれるベストを、選んでいるかということだ。自分を、過去でも未来でもなく今日付で、きちんと生きているのか、ということ。

YESと答えられなかった私は、じゃあいつYESになるんだろうと自問して。いやなんないんやいつまでたっても。自分でYESにしていかない限り、と。

きっとあの日が一番初めの、アイデンティティ崩壊だった。

こんな行き先不明のめちゃくちゃな私の生き様を、もしかしたら孫の為に書き残したいかもしれない、とふと思って。おもむろに書き始めた、そんな夜。








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