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小説・強制天職エージェント —研究者の女―①

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Ⅰ.来店

 
子供の頃は誰もが天才だ。しかし成長と共に、社会性や常識といった檻の中に入り、あるいは親のエゴで、子供は自身の才能や本心を見失ってゆく。

───────


その事務所は、ファッションビルが立ち並ぶ繁華街のど真ん中にあった。デジタルサイネージや華やかなディスプレイが並び、店先で店員がチラシやらサンプルを配ったりする間に、ひっそりと佇む古いビル。視界には入っているはずだが、道行く人々は見向きもしない。

こんなところに来る客がいるのだろうか?
窓から通りを眺めていた水島亮太は、ぼんやりと考えた。

「人ってやつは、知覚しないものは認識できないからね」
水島に背を向け、パソコン画面で何かを読んでいた小早川公平は、振り返りもせずにいった。

「え?」
水島は自分の考えが読まれたのかと、思わず聞き返した。

「自分の世界にないものは存在しない、とある哲学者がいっている。僕は彼の意見に賛成だ」

また意味の分からないことをいっている、と思った水島は「ふーん、そうなんだ」と適当に流した。

「でも自分の中にあるものは、どこにあっても見つけるものだよ」

「なんだ、それ。スピリチュアルか?」

ふん、と小早川は鼻で笑った。面倒なのだろう、小早川は言葉の意味をいちいち説明しない。水島は小早川の性格を知っているし、どちらにしても興味が持てる話でもなさそうなので、それ以上聞かないことにした。


その時、ブザーの音が響いた。

エレベーターに乗って7階のボタンを押すと鳴る仕組みだ。7階に入っているテナントはこの事務所だけ。つまり本人の知らないところで、事務所のチャイムを押したという事だ。

「水島、お客さんが来るよ。ちょっと隠れて」と小早川。

「おう」水島は急いで隣の部屋へと移動した。

カチャリと音がして事務所のドアが開いた。
「こんにちは」

小早川は素早く立ち上がり、人なつこい笑顔で出迎えた。
「こんにちは。いらっしゃいませ」

「必ず自分に合った仕事を見つけてくれるというのを見て来たんですけど」

「はい。私が転職エージェント『ナリワイヤ』の小早川公平です」

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<作品について>
3年前の処女作。エブリスタで公開中。noteの方が合っているように思ったのでこちらでも公開することにしました。


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