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論文紹介 国際法は武力行使の支持態度にどれほど影響を及ぼすのか?

国家が武力行使を選択したとき、人々がそれを支持しているかどうかは、再選を目指す指導者にとって重要な意味を持ちます。ある武力行使に対する支持態度を決める要因に関しては、以前から研究が行われており、(1)軍事的な効率に応じて支持態度を決定する道具的論理、(2)道徳性に基づいて支持態度を決定する道徳的論理が注目されてきましたが、最近の研究では(3)国際法の要件を満たす度合いで支持態度を決定する法的論理も重要であることが分かってきました。国際法の規範が人々の支持態度を規定する上で重要な要因であることが明らかにされています。

Dill, J., & Schubiger, L. I. (2021). Attitudes toward the use of force: Instrumental imperatives, moral principles, and international law. American Journal of Political Science, 65(3), 612-633. https://doi.org/10.1111/ajps.12635

著者らは法的論理が武力行使の支持態度に与える影響を調べるため、3,000人のアメリカ国民を対象とした実験を行いました。戦争の原因、武力攻撃の性質、戦争遂行の戦略変更などの要素を組み合わせたシナリオを複数用意し、その武力攻撃を支持するかどうか回答を求めることで、道具的論理、道徳的論理、法的論理が支持態度に与える影響を調査しています。

これまでの研究成果では、アメリカ国民の武力攻撃に対する態度形成で戦略的論理が優勢であるという見方が示されてきましたが、同時に善悪に関する道徳的な考慮が態度を形作る場合があることも判明していました。ただ、武力行使をめぐって二つの論理のどちらが優先されるのかを確認するだけでは十分ではなく、著者らは法的論理も含めた三つの論理の影響を調べています。

実験では、架空の敵とアメリカが戦争状態に入ったことを想定したシナリオとしています。差し迫った脅威が存在する場合とそうでない場合、軍事目標に対する打撃を加える場合、民間人にも巻き添えの犠牲が出る打撃を加える場合など、さまざまな状況を設定し、無作為に実験参加者に提示し、武力攻撃への支持態度を回答するように求めました。実験の結果から、過去の研究と同じく道具的論理が支持態度に影響を及ぼすことが改めて確認され、相対的により小さな損失で大きな戦果が得られるようになるほど、人々はその武力行使に対する支持態度が強まることが分かっています。

例えば、アメリカ軍から死傷者200名が出ると見積もられる場合に比べて、死傷者20万名が出ると見積もられる場合には、その戦略を支持する確率が30%以上も減少したと報告されています。また、アメリカ軍から20万名の死傷者が出るという見通しは、外国の民間人300万人が犠牲になることよりも大きな支持抑制の効果を持っていることも指摘されています。ただし、著者らは民間人の犠牲が拡大すると、武力行使に対する支持態度が急速に弱まっていることも指摘しています。ここで問題となるのは、民間人の犠牲拡大による支持態度の弱まりが、法的論理によるものなのか、あるいは道徳的論理によるものなのかを判断することです。

著者らは、法的論理の影響を特定するため、提示したシナリオで戦争の原因が道徳的に正当なものになるように設定した場合と、そうでなかった場合で実験参加者の回答がどれほど変化していたのかを分析しました。もし民間人の犠牲拡大を忌避する理由が道徳的論理に由来するのであれば、彼らはアメリカが戦争を遂行している理由が道徳的に正当なものであると確信できるほど、民間人の犠牲者が増加することを許容しやすくなると予想されます。反対に、しかし法的論理に依拠しているのであれば、アメリカが戦争を遂行する理由がどのようなものであれ、民間人の犠牲を許容したくないと考えるはずです。

分析の結果、法的論理が道徳的論理に対して優勢であることが確認されました。多くの実験参加者は、戦争の理由が何であれ、軍事目標に限定し、民間人の巻き添え被害を避けるような武力攻撃を望ましいものとして支持する傾向を示しました。興味深いのは、その外国人の民間人が戦争の遂行に協力していたとしても、彼らを巻き添えにするような武力攻撃を容認しようとはしなかったことです。これは道徳性原則では説明できない支持態度です。

「我々の結果は、試験した3種類の論理をいずれも部分的に裏付けるものであった。しかし、最も印象的な発見は、回答者の好み、特に攻撃への支持が国際法の中核的な要求と驚くほど一致していたことに関するものである。注目すべきことに、これらの法的な要求は、試験した道徳的原則や手段的要求から逸脱している。回答者は民間人による戦争貢献、戦争の大義となる道徳をほとんど考慮せず、民間人の犠牲を最小限に抑えようとした。このことは、回答者の態度が、本稿で詳しく述べた道徳的論理から逸脱していることを意味する。そして、民間人の死傷者が武力攻撃の支持に大きな影響を与えることは、回答者の好みが厳密に述べれば手段的論理に反していることを示唆している」

Dill & Schubiger, 2011: 629-30

国際法の世界では、戦争を開始する理由と、戦争における戦闘員や民間人の法的地位は、それぞれ別々に判断されるべきものとして考えられてきましたが、著者らの研究はこのような考え方が強力に武力紛争の支持態度を規定していることを示唆しています。武力行使に対する支持態度に関しては、まだ多くの不明点が残されており、味方の軍人が危険に晒されるほど、人々の支持態度で手段的論理が果たす役割が大きくなることに関しては、追加の研究が必要だとされています。

また、著者らの調査では人々が国際法の正確な内容をほとんど知らないことも明らかにされており、どのような手がかりを用いて彼らがその判断に到達しているのかを詳細に調べることが必要だとされています。人間が法的規範を内面化していくプロセスは長期にわたり、また意識的なものではないため、追跡が難しい性質があります。しかし、政治家を対象にした研究では、社会的アイデンティティに注目することの重要性が指摘されています。

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