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論文紹介 兵士は1週間ほどで戦闘に慣れるが、4週間で精神の限界に達する

19世紀以前の陸上戦では1日から2日の間に戦闘が終結することが一般的でした。しかし、20世紀以降では戦闘が1週間、2週間と続くことも珍しくなく、第一次世界大戦(1914~1918)では惨事ストレスなどで精神疲労を蓄積した兵士が戦闘不能になる事例が相次いで報告されました。このため、軍事学や軍事医学の研究者の間では、精神衛生が人的戦闘力の維持において極めて重要な課題であることを認識するようになり、調査が行われるようになりました。

1946年に出版された「戦闘神経症:戦闘疲労の経過(Combat neuroses: Development of combat exhaustion)」は第二次世界大戦(1939~1945)でフランス北部のノルマンディーを上陸攻撃したアメリカ陸軍の兵士が戦闘ストレスに対してどのような反応を示していたのかを現地で観察した結果を報告している論文です。

論文では、調査対象の部隊の詳細が明らかにされていませんが、観察期間はおよそ80日とされています。したがって、ノルマンディー上陸作戦が始まった1944年6月6日から、パリ占領に至る8月25日前後までの期間が調査時期だったと推定されます。

逸話的内容が多いので、その知見は必ずしも一般化できませんが、当時の兵士が精神疲労で戦闘不能になる時間を推定したことが知られており、戦闘開始から1週間で初期の適応が完了し、それから3週間で戦闘効率の上昇が認められたものの、それ以降は戦闘効率の上昇が止まり、それから戦闘への不適応が増加していきます。

Swank, R. L., & Marchand, W. E. (1946). Combat neuroses: Development of combat exhaustion. Archives of Neurology & Psychiatry, 55, 236–247. https://doi.org/10.1001/archneurpsyc.1946.02300140067004

著者らによれば、戦闘に参加する前から兵士の間では、不安や不満がさまざまな形で表明されていました。家に残してきた配偶者や恋人に関する悩みが多く、また、ほとんど教会に行かなかった兵士が死の危険に向き合う中で信仰深くなり、道徳的な行動が強化されることもあったと述べています。

兵士は仲間が犠牲になる可能性を真剣に考えていましたが、まだ自分だけは生きて帰れるという確信を持っており、それが口頭や手紙で頻繁に表明されていました。服務規律の面で興味深いのは、戦闘前に一部の少数の兵士が上官に対して反抗的になったという報告があることで、彼らは戦闘で自分が遅かれ早かれ殺されるものだと予想し、反社会的な行動傾向を強めたとされています。

戦闘が始まる前に兵士が健康の問題で訴えることが多かったのは呼吸の困難、動悸、衰弱、腹痛、嘔吐、背中の痛みなどであり、これらの症状が悪化して入院に至り、そのまま部隊に復帰しなかった事例も少なくありませんでした。また、著者らはその具体的な規模を明らかにしていませんが、自傷行為による損耗が増加していたとも報告しています。戦闘直前の予行として行われた着上陸作戦の演習でも、仮病や自傷による損耗が発生していますが、この時期の損耗はさほど多くなかったようです。

兵士が再び強い不安を覚えたのは輸送艦に乗艦した後のことであり、海峡を渡っている間はずっと落ち着きがない状態でした。ただ、輸送艦から上陸用舟艇に移るときになると、兵士は落ち着きを取り戻し、戦闘へと向かっていきました。

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