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【短編小説】 かたりべ

平和記念館では毎月、修学旅行生向けに、語り部から戦争体験を聞く平和学習がある。

今日も多くの学生が語り部から悲惨な体験を聞いて、平和とは何かを考える。

平和学習が終わり、とある青年が、語り部の楽屋を尋ねた。

青年は生徒会長を務め、正義感も強い。今回は生徒を代表してお礼の挨拶に来たみたいだ。

「本日は貴重なお話、ありがとうございました。先ほど生徒を代表してお礼は申し上げましたが、改めてお礼を申し上げに参りました。あ、これつまらないものですがどうぞ。」

「おお、わざわざ楽屋まで来てくれて、ありがとう青年よ。いいのにわざわざお土産なんて。」

今日の語り部の老人は、立つのもやっとなくらいに体は弱っている。だが心は至って健康で月に2.3回戦争体験を後世に伝える語り部としての活動を精力的に行っている。

「いえ、どうぞ受け取ってください。今回のお話を聞いて、もう二度と同じ過ちを繰り返さないでおこうと心に誓いました。」

「そうか。それはいい事だ。」

老人はそう返事すると、ため息をついた。そしてゆっくりと間をおいてどこか物悲しげにこう語りはじめた。今日はいつものような元気はないみたいだ。

「だかな、青年よ。今になって思うんじゃ。先の大戦を伝えるのに、ワシはこのままでいいのだろうかと。」

「と言いますと。」

「今を見てると、どうもな。繰り返すような気がするんじゃよ。」

「どういうことですか?また日本が戦争するということですか?」

「そうじゃ。じゃからこのままの語りで良いのか悩んでおるのだ。」

「何をおっしゃいますか!そんな弱気になられて!あなたは先の大戦を経験されたじゃありませんか!それに、『あの地獄』をくぐり抜けてきたわけですよね!私が言うのも変ですがそれをお伝えいただけるだけでも、平和の尊さを知ることができるんです!それなのになぜそのようなことをおっしゃるのです!?」

ーあの地獄ー

たった1発の爆弾で街が焦土と化した、先の大戦のなかでも被害が甚大だった出来事。天に召された人は数知れず。語り部の老人はその生き残りとしての体験を踏まえた戦争体験を語っている。

「確かに『あの地獄』はくぐり抜けてきた。そして、『あの地獄』を語ることでもう二度とあんな光景を見たくない、見せたくないとずっと思い続けて語り続けてきた。」

「それでいいじゃありませんか。あなたの語りは後世に繋がる立派な活動じゃありませんか!」

青年は必死になっていた。平和の尊さを教えてもらった老人から、暗い未来が待っていると言われた気がしたからだ。

「そうだといいが、果たしてどれだけ伝わっているのだろうか。」

「先の大戦を知らない私達が、全てを知るのはさすがに難しいです。しかし、少なくともあなたの語りによって、より多くの人が平和への意識が芽生えたかと思います。伝わっていますよ。」

この答えで合っているのかわからない。でも自分に言える言葉はこれしかない。そんな気持ちで青年は想いを伝えた。

「ありがとう青年。とても嬉しいよ。」

青年は素直に嬉しいと思った。だか、すぐにふと疑問が湧き上がる。

「ですが、なおさらなぜ、日本が戦争をするかもしれないと仰るのですか?」

「今の雰囲気に身に覚えがあるんじゃ。」

「身に覚えとは?」

「戦争を知る前の雰囲気と同じなんじゃ。」

どういうことなんだろう。

一瞬そう思った青年は、なぜだかわからないが少し狼狽えてしまった。

老人は話を続ける。

「いいか青年。ワシも昔は、君らと同じ『戦争を知らない世代』と言われておった。」

「それは、つまり。。。先の先の」

「そうじゃ。ワシが若い頃はまだ、先の先の大戦を知ってる世代が辛うじておってな。皮肉なことに今のワシと同じように語り部をする人もおったのじゃ。」

「先の先の大戦ですか、、、」

「文字通り、日本が焼け野原になったと聞く。戦後は敵国に占領され、政治、社会、法律に文化、ありとあらゆるものが様変わりした。」

「だか、日本はそこから急速に成長を遂げ、豊かになった。」

「よく知っておるなぁ。」

「一応、歴史の授業で習いましたから。」

歴史の授業では習った。だか青年はそれ以上のことを知らない。

「よく覚えてて偉いじゃないか。まぁ、そこから目をつけられて40年ほど不景気にはなったがな。」

「失われた40年、、」

「ワシが産まれたのも丁度その真っ只中じゃ。
まぁ、生活は十分出来ておったよ。当時は食う物に困った記憶は無い。みんな何かと政府には文句は言うておったがな。」

「それは、、」

「今でもあるじゃろ。文句は言うが、事は起こさない。『物はあるが心は満たされない。』そんな暗い空気が当時も充満しておった。」

「その頃も今と同じように戦争をやってはいけないと教えこまれていたと習いましたが。」

青年は習っただけだ。それ以外は知らない。

「そうじゃ。そもそも憲法で戦争を否定しておったくらいだったしな。」

「そうでした。。。それなのになぜ。。。」

習った事をなぞるだけではわからない。なぜ、戦争をしてはいけないと教わっていた人々が、また戦争をしてしまったのか。

青年は今まで味わったことのない不思議な気持ちになっていた。

「戦争を知らなかったんだよ。いや、知っていたつもりになっていたんだよ。」

「知っていたつもり、、」

「平和を知ったつもりになってたんじゃ。そして戦争を起こさぬよう願えば、平和は永遠に続くと思っておった。」

「でも実際は、、、」

「そうじゃな。皮肉なもんよ。ちなみにな、ワシの若い頃も君と同じように修学旅行で平和学習があった。語り部から戦争体験を聞くんじゃ。ほんと、今と全くおんなじじゃ。あの時は確かに平和の尊さ学んだつもりだった。じゃが、語り部の目はどこか不安そうじゃった。」

「そうだったんですか。。。」

「その目が未だに脳裏に焼き付いておっての。当時は分からんかったが、ようやくその意味が分かった気がする。」

「その意味とは。。」

「虚しかったのかもしれんな。また『あの地獄』を繰り返すのかと、どこかで感じておられたのかもしれんな 。」

「それって。。」

「もうこれ以上繰り返したくはないのぉ。」

老人の言ったことが本当ならこれから先自分はどうしたらいいのか、青年はすごく不安になった。

青年は習ったことしか知らない。青年だけじゃない。人は体験しないと知りえないことがある。

どんなに知ってる先人が伝えようが、"知らない人"に伝えるのには限界がある。

実際、先の大戦だって“知らない人”達が起こした戦争だった。

そして、皮肉なことに今、青年は"知らない人"だと老人に気がつかされた。

じゃあ、どうすれば、いいんだろう。

青年はすぐ答えられなかった。なんと言えばいいのか分からなかった。

そんな不安そうな顔をしている青年を見かねてか、老人はふっと微笑みこう言った。

「じゃが、今の気持ちを君にこうして伝えることが出来たから、今日はそれで良しとしようかな。」

老人がよしとするならそれで良いのか。発言の真意は青年には分からなかったが、どこか安心した気持ちになれた。

「あ、ありがとうございます!」

ただお礼を言うことしかできなかった。
今はもう何も考えることが出来なかった。
ふと時計に目をやるともう時間が結構経っていた。

「本日は本当にありがとうございました!それでは、失礼致します!」

「青年よ。」

帰ろうとする青年を呼び止め、老人は振り絞る声でこう言った。




「目の前の世界をよく見なさい。そして、よく考え動きなさい。それじゃ、さようなら。」




青年は深々と頭を下げて部屋を後にした。



記念館を出ると、青年の友人が外で待っていた。

「遅かったじゃねえか」

「いやぁ、ごめんごめん。ちょっと時間かかっちゃって」

「どーせ、あのじーさんに捕まってたたんだろ?話長そうだもんな」

「いや、まぁ。そういやさ、これからどこ行くんだっけ?」

「どこ行くも何もまずは記念撮影だろ?皆んなお前を待ってたんだよ!珍しいないつも時間守るくせに笑 ほら、早くしろって!」

「あぁ、すまん。」

平和記念館の前にある巨大モニュメント。

青年の高校では、毎年修学旅行生全員がそこで記念写真を撮ることになっている。

モニュメントは、元は赤い綺麗な鉄塔だったが、「あの地獄」で半分より上が途中でもげ、下も熱でぐちゃぐちゃになった、お世辞にも美しいものとは言えない代物だ。

その昔、東京タワーと言ったらしい。

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