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【小説】 当たりが出ました 【ショートショート】

 小学校へ続く通り沿いに建つ駄菓子屋の「ひのや」は夕方になると、子供達が集まって来る。
 狭い店内には駄菓子がぎっしりと並べられていて、店主のヨネ子は今年八十を迎えるが頭は呆ける素振りすらない。

「赤いのが三個、青いのが三つで百二十円ね。毎度」

 特に愛想が良い訳ではなし、おまけにヨネ子自身特に子供達が好きな訳ではなかった。ただ単に家で暇を弄んでいるのに耐え兼ね、店を始めたのであった。
 そんなヨネ子であったが、気まぐれで年に一度だけ「きなこ棒」に通常の「当たり」とは異なる青色の目印のついたきなこ棒を店に並べることがあった。
 その年に青色の「当たり」を引き当てたのは小学四年生の大野守で、困惑した顔でヨネ子に青色の当たりのついた爪楊枝を差し出した。

「これはね、年に一度の大当たりだよ」
「本当!? 超ラッキーじゃん! ねぇ、大当たりってさ、まさか駄菓子食べ放題とか!?」
「違うよ」
「なんだ~……違ったかぁ」
「でもね、もっとイイものだよ」
「もっとイイもの! 何!?」
「それはね、我が家で晩御飯をごちそうするって言う、特別な当たりだよ」
「へぇ……」

 ちっとも浮かない顔の守を強引に説得するかのように、守に構わずヨネ子は話し続ける。

「あんた、山園の大野さんトコの子だろ? お母さんには私から電話しておくからね、晩御飯食べにおいで。時間は大体五時半くらいだから、一度帰ったってまだ間に合うんだろう? あんたのお母さんだってたまにはガキにメシ作らずにのんびりしたいだろうし、親孝行出来ると思って晩御飯食べに来な」
「でも……一応、お母さんに相談してみます……」
「ごちそう作って待ってるからね。もしも来なかったらね、次来た時に何で来なかったか、その理由をしっかりと聞かせてもらうからね」

 ヨネ子は冗談のつもりでそう伝えたが、その言葉を脅迫だと捉えた守は俯いたまま黙って店を後にした。

 晩御飯の食卓には日頃老夫婦では口にしないケンタッキーのチキンが山盛りになって置かれている。
 分厚い黒フレームを掛けたヨネ子の夫は苛立ちながらチキンの山を指さした。

「おい。今夜は山芋にするって言ってただろう」
「子供がね、大当たり出したんだよ。たーんと食べてもらうんだ」
「何が大当たりだ。こんな真似したら稼ぎがパーになるだろう。どうせ片手間でやってる商売なのによ」
「ちょっとあんたね、片手間って何だい? 聞き捨てならないね」
「暇が嫌でやってんだから片手間だろうがよ。ガキ相手に駄菓子売ってよ、それが何になるんだってんだ」
「何だって? あんただって現役時代は大した仕事してなかったじゃないか! 稼ぎが悪いから私がどれだけ苦労したか分かってるのかい!?」
「なんだとこの野郎! 俺がどれだけ上司や取引先に頭下げて仕事してたか、そんな苦労だっておまえに分かるはずがないだろう!?」
「だったら言わせてもらうけどねぇ! うちに金がない金がないって時に私だって姉さんと旦那さんに頭下げて百万からの金工面したんだからね! ヨネ子は神様だなんてあんた言ってたけど、喉元過ぎれば何とやらってヤツかい!?」
「なんだとテメェこの! 誰のおかげで今の今まで生活出来てきたと思ってやがるんだ!」
「二言目にはそれかい。いつまで経っても下らないのは変わらないんだねぇ……ったく。これから子供がごちそう食べに来るんだからね、子供の前でそんなみっともない口利くんじゃないよ」
「俺に関係ねぇだろうがよ! 知るかよそんなもん! 大体な」

 夫がヨネ子の家事の些細な粗を指摘しようとすると、インターホンが鳴った。

「ほら、来たよ。きっと楽しみで仕方ないんだから、子供の気分悪くするような真似してくれるんじゃないよ」
「ったく、知るか! このバカ野郎が……憎たらしい……」
「はーい、今行きますよぉ!」

 玄関を開けると、そこに立っていたのは満面の笑みを浮かべる大野守ではなく、二人組の警察官だった。

「あなたが菅原ヨネ子さん?」
「ええ……あの、どうしましたか?」
「どうしたもこうしたもさ、あんた今日の夕方に子供を脅したんだって? 親御さんから通報っていうか……まぁ、苦情が入ったんでね」
「いえいえ、そんな……私は大当たりを出した子供にね、うちでごちそうするからおいでって招待しただけなんですよ」
「それ本当? ご飯食べに来なかったら何で来なかったか理由聞くぞとか、そう言って脅したんじゃないの?」
「いえ……あれは冗談のつもりで」
「あのね、お婆ちゃんね。子供に言っていいこと、悪いことってあるでしょう? それくらい分かるでしょう? 大体ね、大当たりが出たからって家で食事させるなんて非常識でしょ? 怖いよ、そんなの誰だって」
「いいえ……でも私が小さな頃はよそのうちでみんなでご飯食べたりしていましたし、去年だって……大当たり出した目黒夏美ちゃんって子がお母さんと一緒にうちにへ来て、ご飯食べて行ったんですよ?」
「何十年も前の常識で生きないでくださいよ。それにね、その目黒さんからも情報提供があったんですよ。正直怖くて仕方なかったから娘について行きました、二度と娘に関って欲しくないってね。で、どうすんの?」
「どうするのって……何がですか?」
「お婆ちゃん、何がじゃないよ。子供を無理にご飯に誘うような真似、まだやるの?」
「……ダメなんですか?」
「ダメってことはないけどさぁ、これ以上周りを困らせるようなことしたらね、うちもやり方変えるからね。分かったね?」
「……はい」
「本当、うちも困りますから」

 ぶっきら棒にそう言い捨てた警察官が帰って行くと、廊下から顔を覗かせていた夫がぷぷぷ、と笑った。

「ほらぁ! ざまぁねぇじゃねぇか」
「うるさい!」

 夫を突き飛ばして食卓に戻ったヨネ子をチキンの載った皿を取り上げると、「こんなもの!」と叫んで台所に設置してある大きなゴミ箱目掛け、放り込んだ。

「何が脅迫だ! 今のガキも、親も、他人様に対してありがたみってモノを覚えないし、イチイチ怖がり過ぎだ! みんな病気だ! 病気の集まりだ! どいつもこいつも、どいつもこいつも、うるさい! みんなうるさい!」

 ゴミ箱を蹴りまくるヨネ子であったが、台所の物陰にふと視線を落としてみると、ある物に気が付いた。

「……そんなにうちでご飯食べるのが嫌ならね、違う当たりを作ってやるよ」

 よいしょ、と腰を屈めて手にした殺鼠剤を懐に忍ばせ、ヨネ子は食卓には戻らず店舗兼家屋の灯りの消えた売り場へいそいそと消えるのであった。

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