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【小説】 よーい、どん! 【ショートショート】

 サッカーとかバスケとか、みんな憧れてやっているけど僕は苦手だ。
 今は小学校六年生だからクラブも仕方なく卓球クラブなんかに入っているけど、中学生になったら陸上部に入りたい。それも、短距離がイイ。
 五十メートル走なら誰にも負けない自信があるのに、僕の小学校には何故か陸上クラブがなかった。
 学校で一番足の速いのは僕だったけれど、今日の昼休みに学校で二番目に速い同じクラスの会田が勝負を挑んで来た。

「山里くん。オレと五十メートル勝負しようよ」
「勝負? どうせ僕が勝つけど、いいよ」
「自信満々みたいだけど、実はオレ……修行して来たんだよね」
「修行?」
「オレのいとこ、大学で陸上やってるんだ。だから、大人のトレーニングってやつで鍛えてもらったんだ」
「ふ、ふぅーん。まぁ、それでも僕が勝つけどね」
「それはどうかなぁ? ま、放課後に決着ってことで」
「受けて立つよ」

 ちぇっ。陸上やってる大人から教わるなんてずっけーの。
 でも、オリンピックとか目指すならプロの世界になるから、ずるいとか言ってられないのか……でも、僕だって毎日放課後嫌ってほど走り込んでるんだ。
 ちょっと教わったからって、毎日頑張ってる僕がカンタンに負ける訳にはいかない。

 放課後のグラウンド。会田くんと横並びになってクラウチングスタートの体勢になる。

「山里くん。悪いけど、勝たせてもらうよ」
「……たまには負けた気分、味合わせてみてくれよ」
「なら、すぐに味わえるよ。よーい……」
「どんっ!」

 利き足を踏ん張らせて、一気に加速する。身体のフォームを崩さないことを意識しながら、ゴールまで一直線に駆け抜ける。
 風がいつだって、僕の味方をしてくれるんだ。だから、負ける訳がない。
 会田くんは一体、どんな修行をしたんだろう? ダメだ。勝負中に余計なことを考えるんじゃない。会田くんはすぐに追いついて来るのだろうか。
 位置を確認しようとして横を向くと、会田くんの姿はなかった。

「え?」

 横にも、なんと後ろにも、会田くんの姿はどこにもなかった。
 雨が降りそうな雲の下。広いグラウンドには、僕以外に誰の姿もなかったのだ。
 そんなに速く、どっかに消えられるはずがない。
 でも、会田くんはグラウンドのどこを探しても見つからなかった。
 何故か怖くなった僕はそのまま逃げだして、家に帰ってもお母さんに会田くんが消えてしまったことを言えなかった。

 なんとなく気分が沈んだまま学校へ行くと、教室に会田くんの姿があった。
 安心したけれど、勝負を挑んで来た癖にいなくなったことが段々ムカついて来て、持っていた給食袋で会田くんの頭を叩いた。

「いってぇー! 何すんだよ!?」
「何すんだ、じゃないだろ? なんで昨日、勝負から逃げたんだよ」
「逃げた? はぁ? 何言ってんの? フツーに帰ったし」
「帰った? 五十メートル走、勝負しろって言ったの会田くんじゃん」
「はぁ? オレが言う訳ないな~い! だってさぁ、オレがいくら速くても山チンには敵わないっつーの!」
「ヤマチン……?」
「どうしたんだよ? いっつもそう呼んでんじゃん!」
「え? あぁ……うん」
「それよりさ、昨日のスパイ・ギャング観た!? エリーズ超カッコよくね?」

 会田くんは、一体何を言っているんだろう。それに、性格もなんだか違うように感じた。こんなに会田くんは明るくないし、軽い奴でもない。「スパイ・ギャング」なんて聞いたこともなかったし、一体どうしちゃったんだろう。

 他のクラスのみんなも「会田くんが変」と口にしていたけれど、病気とかじゃなさそうだし、なんか直接聞いたらマズイ気がして誰も聞けずにいた。
 算数のテストでも前は九十点なんて朝飯前の会田くんだったのに、今回のテストは「四十点」と言っていて、先生も会田くんの変わり様を不気味がっていた。

 でも、誰も何も言わずに今日も会田くんらしき奴は会田くんの席に座っている。
 授業中に先生に茶々を入れて、誰もウケないのにひとりで面白がっている。低学年みたいに全然落ち着きがなくて、十分に一回は机をガタガタ揺らすと「つまんねー!」と叫び声を上げる。
 でも、みんな黙っている。変だと思っているけど、言えないでいる。

 誰か知っている人がいたら教えて欲しいんだけど、あの会田くんみたいな奴は一体……誰なんだろう?

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