小関武史

大学教員。18世紀フランス文学・思想史、とくに『百科全書』を中心に研究しています。ここ…

小関武史

大学教員。18世紀フランス文学・思想史、とくに『百科全書』を中心に研究しています。ここでは研究から一歩離れて、本、演劇、映画、美術などについて書いてみようと思います。

最近の記事

毎週一帖源氏物語 第二十五週 螢

 六月上旬、ちょうどホタルの見頃である。読んでいる巻の季節と実際の季節が一致すると、何となく得をしたような気がする。といっても、螢狩りと洒落込む余裕はないのだが。 螢巻のあらすじ  源氏は相変わらず対の姫君に言い寄っており、姫の困惑は深まる。その一方で、兵部卿の宮が熱心に文を遣わすので、源氏は返事をするよう諭す。五月雨の頃、兵部卿の宮は姫君のもとを訪れる。源氏は、隠し持っていた螢を部屋に放ち、その光で姫君の姿を宮に見せる。翌五日、源氏は姫君に向かって、宮には気をつけたほう

    • 毎週一帖源氏物語 第二十四週 胡蝶

       今のところ、玉鬘十帖のよさを感じられない。策略のにおいが強すぎて、没入できないのだ。もう少し先まで読むと、受ける印象が変わるのだろうか。そう思いたい。 胡蝶巻のあらすじ  弥生の二十日過ぎ、六条の院の春の町では、他では盛りを過ぎた桜や藤がまだ咲きほこっている。源氏は唐風の船をしつらえて、中宮の女房たちに庭を愛でさせる。人々はその美しさを称えて、次々に歌を詠む。翌日には、中宮の邸で御読経が始まる。春の上は、鳥と蝶の衣装をまとわせた童の舞を仕立てて指し向け、中将の君を使者と

      • 毎週一帖源氏物語 第二十三週 初音

         これより第四分冊に入る。不思議なことに、第二分冊にはなかった増刷の記録が、第四分冊にはあるのだ。「令和二年十月二十五日 二刷」。気づいていなかったが、実は第三分冊も同じ日に二刷が発行されていた。さらに、この先は最終第八分冊まで事情は同じである。要するに、私が昨年末に買い揃えたシリーズは、第二分冊だけが初刷のままなのだ。第二分冊だけ飛ばして読む人が多いとは思えないので、第三分冊以降は初刷の発行部数が抑えられていて、順調に売りさばけたのだろう。 初音巻のあらすじ  雲一つな

        • 毎週一帖源氏物語 第二十二週 玉鬘

           「玉鬘十帖」や「玉鬘系」という言い方があるらしい。この玉鬘巻から真木柱巻までは一つのまとまりを成すと考えられている。物語がここから新しい局面に入ると言ってもよい。  ちょうどよい機会なので、これまで読んできた部分を振り返ってみた。といっても、もう一度原文に目を通す余裕はないので、自分が書いた記事を読み直してみただけである。自分が何を読み取り、何を見逃していたか、とてもよく分かる。 玉鬘巻のあらすじ  源氏は夕顔のことを忘れていない。右近は、故君が存命なら明石の御方くらい

        毎週一帖源氏物語 第二十五週 螢

          毎週一帖源氏物語 第二十一週 少女

           この巻で六条の院が落成するが、その模型が宇治市源氏物語ミュージアムにあるらしい。見たことがあるはずだが、記憶にない。私のもとの実家から歩いて五分とかからない場所にできたこの施設は、私がフランスに留学しているあいだにオープンした。帰国後に見に行ったものの、印象に残っていないのだ。知識がないと、同じものを見ても感じるところが少ないのだろう。『源氏物語』を通読したあとで見学すれば、きっといろいろな発見があると期待している。 少女巻のあらすじ  故宮の一周忌が過ぎた衣更えの頃、

          毎週一帖源氏物語 第二十一週 少女

          毎週一帖源氏物語 第二十週 朝顔

           事情があって、宇治の実家に一泊二日で弾丸帰省してきた。用事そのものは初日で片がついたので、二日目の午前に宇治十帖の石碑をめぐってきた。いずれその時が来れば、写真で紹介してみようと思う。 朝顔巻のあらすじ  斎院は式部卿の宮の服喪のために退下し、長月には女五の宮が住まう桃園の宮に落ち着く。源氏は女五の宮への見舞いを口実に桃園を訪れ、前斎院と御簾越しに歌を交わすが、前斎院は心を開かない。気が晴れないまま帰宅した源氏は、翌朝早くに目を覚ます。色艶の衰えた朝顔の花を折らせて、前

          毎週一帖源氏物語 第二十週 朝顔

          毎週一帖源氏物語 第十九週 薄雲

           物語が大きく動くところは、やはり読んでいてもおもしろい。中だるみの危機をひとまず乗り越えられた。 薄雲巻のあらすじ  若君の袴着を立派に執り行いたいと願う源氏は、娘を手放すことになる女の気持ちを思いやりながらも、二条に引き取る。女も、娘のためにはそのほうがよいと自分に言い聞かせて我慢する。姫君は移ってきた初めのうちこそ大井の母君がいないことを寂しがったものの、すぐに二条の院の上になつく。源氏は年の内に大井を訪れるが、二条の「女君も、今はことに怨(ゑ)じきこえたまはず」(

          毎週一帖源氏物語 第十九週 薄雲

          毎週一帖源氏物語 第十八週 松風

           今学期は「フランス語圏文学」という科目を受け持っている。安易な比較は慎みたいが、『源氏物語』を頭の片隅に置きながらフランス文学に接することが多くなりそうだ。 松風巻のあらすじ  二条の東の院が造営され、その西の対に花散里が移り住む。東の対は明石の御方のために確保されており、源氏は上京を促すが、女は決断しかねている。親としても悩ましい。大井川の近く、母君の祖父の所領だったところを修理させ、入道はそこに娘たちを移すことにする。源氏が造らせている御堂からも近い。こうして明石の

          毎週一帖源氏物語 第十八週 松風

          毎週一帖源氏物語 第十七週 絵合

           新学期が始まった。私も今日から授業である。先週はプロ野球が開幕して大変だと書いたが、あれはもちろん冗談であって、本当に大変なのはこれからだ。 絵合巻のあらすじ  故御息所の娘である前斎宮が入内することになったが、源氏は院に配慮して、前面に立つことは避ける。前斎宮が伊勢に下向する折りに見そめて以来、院の気持ちは変わっていないのだ。入内に合わせて院が念入りに用意した御櫛の筥(はこ)などを見るにつけ、源氏は自分のやり方が強引であったと反省する。  帝にしてみれば、年の近い弘

          毎週一帖源氏物語 第十七週 絵合

          映画『ノルマル17歳。―わたしたちはADHD―』

           愛媛での先行上映に続き、東京でも公開された映画『ノルマル17歳。―わたしたちはADHD―』(2023年、日本、北宗羽介監督、80分)。公開二日目の2024年4月6日、アップリンク吉祥寺で見てきた。 (※ネタバレが気になる方はお読みにならないことをお勧めします。) 途中までのあらすじ  朱里(じゅり、鈴木心緒)の部屋は散らかっている。整理整頓は苦手らしい。就寝と起床の時間もばらばらで、学校には行ったり行かなかったりだ。朝早くに目覚めても、メイクに時間をかけすぎて遅刻する。

          映画『ノルマル17歳。―わたしたちはADHD―』

          毎週一帖源氏物語 第十六週 関屋

           プロ野球が開幕した。それがどうしたと言われそうだが、阪神ファンの私は試合中継のテレビに吸い寄せられてしまうので、『源氏物語』を読む時間が減るのだ。夏になると週末もナイトゲームになり、「光る君へ」の視聴にも影響が出るだろう。 関屋巻のあらすじ  かつての伊予介は、故院崩御の翌年に常陸介となり任地に下向した。妻の帚木は当地で源氏の須磨流謫のことを聞き及んだが、便りを差し上げるすべもないまま年は過ぎる。源氏帰還の翌年の秋、常陸介一行は任期を終えて京に上る。逢坂の関に入ろうとす

          毎週一帖源氏物語 第十六週 関屋

          毎週一帖源氏物語 第十五週 蓬生

           源氏が須磨と明石での不遇の日々を乗り越えて都への凱旋を果たすと、物語としても山を一つ越えたような感覚がある。それでちょっと気が抜けたというか、続きを読む意欲が弱まっているのを感じる。気をつけないと。 蓬生巻のあらすじ  源氏が須磨に退居すると、支えを失って困窮する人々もあった。常陸宮の君もその一人である。邸は荒れ放題だが、姫君は亡き父宮の思い出が詰まった邸も調度類も売り払わない。女房たちも少しずつ離れて行く。  その叔母は受領の北の方になっていたが、身分を落としたことで

          毎週一帖源氏物語 第十五週 蓬生

          毎週一帖源氏物語 第十四週 澪標

           ここから第三分冊に入る。すでに読んだ箇所の記憶をたぐりながらでないと、理解が追いつかない。大事な場面を素通りすることも多くなりそうだ。 澪標巻のあらすじ  須磨で故院の夢を見たことが気がかりだったので、源氏は京に戻ると神無月に御八講を執り行う。  帝は心の重しが取れたようになっているが、先は長くないと考えて、二月二十余日、春宮に位を譲る。源氏は内大臣に昇進し、義父は太政大臣に、宰相の中将は権中納言になる。権中納言は子宝に恵まれていて、源氏はそれをうらやましく思う。  明

          毎週一帖源氏物語 第十四週 澪標

          毎週一帖源氏物語 第十三週 明石

           このシリーズ第二週の「帚木」で、私は現代語訳で『源氏物語』を読もうとした過去の取り組みに触れて「須磨・明石くらいまで辿り着きはしたものの、帚木巻で勢いをそがれた」と書いた。しかし、実はそこまで行かずに挫折したのではないか。しばらく前から、そんな気がしていた。明石巻まで読み終えた今となっては、自分の記憶を上書きしていたことを認めざるをえない。明石の上について、私には何の印象も残っていなかったからである。『源氏物語』の成立過程について、まず須磨・明石の巻の構想があったという説に

          毎週一帖源氏物語 第十三週 明石

          毎週一帖源氏物語 第十二週 須磨

           小学校高学年の頃、同い年のいとこと須磨・明石方面に遊びに行ったことがある。そのいとこ一家がもともと神戸市垂水区(まさに須磨と明石のあいだ)に住んでいて、当時は横浜に引っ越していたのだが、夏休みを利用して宇治の私の家に遊びに来ていたのだ。かつて住んでいた辺りを見てみたいというので、電車を乗り継ぎ子供二人で出かけてみた。  写真を撮ったような記憶がうっすら残っていて、探してみたらポケットアルバムが出て来た。日付は書いていないし、撮った写真もほんの数枚だ。順序としては先に明石まで

          毎週一帖源氏物語 第十二週 須磨

          毎週一帖源氏物語 第十一週 花散里

           私は大学教員なので、あるテーマについて週に一度のペースで話すことには慣れている。「毎週一帖源氏物語」と題してnoteに連載を書くことは、講義ノートを作る作業に似ている。それでも違うところが二つある。一つは毎回の分量にばらつきがあること、もう一つは長期休暇がないことだ。  夏休みや春休みになると、次の学期で行う授業の準備をする(今はまさにその時期だ)。さすがにすべての回の講義ノートを仕上げるには至らないが、ある程度のストックはできる。学期が始まると、少し余裕のあるときに講義ノ

          毎週一帖源氏物語 第十一週 花散里