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【飛ばし屋さんの話】

いうまでもなく、日本の鉄道ダイヤは世界一の正確さを誇ります。安全性と共に、時間の正確性は他の追随を許さない分野。
これというのも、輸送効率を高めるために稠密なダイヤに沿って秒単位で管理しなければいけないという背景もあります。
昔の国電などは大量の乗客を捌くために、ギリギリの運転を行っていたとか。運転士のギリギリを攻める運転や、車掌のドア扱いも、時々本屋で見かける元鉄道マンの著書を見ると、今では考えられないようなエピソードを見ることが出来ます。

時は変わり現代。混雑が昔ほどでもなくなったこともあり、時間の正確性…というよりも、安全に重きを置く時代背景になったということもあり、そこまで攻め込むような運転はしなくなったように思います。
職人気質というのも薄れ、多少の遅れなら腕前で回復して見せよう!というよりも、普段通りに運転していくという運転士も多いです。

しかし、そんな中でもいわゆる「飛ばし屋」と言われるような存在の運転士さんがいたのも事実です。今回はそんなエピソードをご紹介します。

飛ばし屋さんと組んだ時には、車掌もちょっと気を付けないことがあります。それは早閉め。通常、幹線路線なら30秒の停車時間があり、基本動作をやっていれば、ちょうど程よいタイミングで発車時刻になるわけですが、飛ばす運転士さんだと20秒や30秒ほど早くついてしまうことも。
まあたまに1分近く早着してしまい、わざわざ連絡ブザーで呼んできて、「ゴメンね~早くついちゃった!」とご丁寧に教えてくれる運転士さんもいました。

やはり運転士の一番の腕の見せ所は、停車ブレーキでしょう。
加速などは、昔の車両だったりすると、変速のタイミングなどによって、タイムラグがあったりもしましたが、現代の車両であれば、誰でもノッチを入れれば基本的には同じように進んでいきます。
カーブの速度制限も決められているので、そこで時間を削るのは僅かなものです。
もちろん、加減速のタイミングのムラ、また数キロ単位での速度の誤差なども、積み重なれば1分の差になっていくものです。

とある幹線路線での話。
その日は強風の影響で少しダイヤが乱れており、僕がこれから乗務する列車も一部区間で徐行してやってきたため、折り返し列車が遅れて到着する見込みでした。
しかし列車が到着したところのグッドタイミングで規制が解除。
発車は5分少々遅れたものの、所定速度での運転となりました。

すると運転士さんは、まあ飛ばすわ飛ばす。実はもともと旅先で出会ったことがキッカケで、それをキッカケに顔を合わせればお話をする仲だった。結構飛ばし屋という話もきいていたので、いや~流石だわ!と感嘆。
無駄のないブレーキというのは、車掌の立場でもわかるものです。
僕も負けてられない!と火が付き、快速列車なので停車駅は少ないものの、各駅の速やかなドア扱いで少しづつ停車時間も詰めていき、回復運転に阿吽の呼吸で務める。

すると見る見るうちに回復し、結果、終点の到着はなんと定刻通り。
多少はダイヤに余裕はあるとはいえ、頑張ればここまで戻るものかと驚いたのも事実でした。
詰め所に戻り、お互いに、やったな!おつかれさま!と労ったものです。

また、メインの担当線区であったローカル線でも、やはり「飛ばし屋」と呼ばれる運転士さんはおりました。
特急列車も運転されていたため、案外とダイヤは稠密。とあるダイヤ改正で、遅れが日常化していた列車のダイヤを見直しするなどして、ある程度のダイヤの正常性を保つようにはなりましたが、それまでは数分の遅れはよくあること…という状態でした。

しかしそんな中でも定時運転に命を?掛ける運転士がいたのも事実。
停車ブレーキだけでなく、各所に点在する速度制限に対してのブレーキ、そして編成が抜けきったタイミングを見計らっての再加速と、むしろ本線よりも運転士の力量が試されるような線区でもありました。
職人肌のベテランさんには、見習いの運転士が速度制限を2km程度下回ってしまっただけでもお叱りを飛ばす、鬼軍曹と呼ばれるような存在も。
とはいえ、数キロの誤差の積み重ねが、列車の遅れ回復運転においては結構重要だったりもするので、しっかりと速度を合わせることは必要なスキルだったりもします。


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