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パスポートとワクチン

春になった。
食料品の買い出し以外には
どこへも行かない春。

おまけに絶対に感染しないはずだと
根拠のない自信があった私は
例の新型ウイルスにまんまと感染し
自己隔離を余儀なくされた。

自己隔離中だと連絡した
友人らの反応はさまざまだったが
「知り合いでかかった人は初めて!」
そんな好奇の眼差しが多かった。

それもそうだろう。
なんとも反応しがたい気持ちも
理解できる。

情報が錯綜して
なにが真実かも見えないなかで
人は見たいものを見る。
見たいものだけを見る。
自分の都合の良いように
情報を取捨選択する。

例えばワクチン接種。

私だって正直に言えば
ワクチンなんて信用できないし
受ける必要がないなら
受けなくてもいいと思っていた。

2月の終わり
陽性反応が出る前に
クリスマスから
自宅待機中になっている職場から
突然電話がかかってきた。
従業員分のワクチンが少し確保できたと。

一瞬、断ろうか受け取るべきか迷った。
数秒で出した答えは
「接種する」だった。

絶賛人体実験中だと言われる
ワクチンを受けるなんて
頭がおかしくなったんじゃないの?

周囲の反応を創り上げ
勝手に妄想している私がいた。

でもよくよく自分を観察してみたら
「いまワクチンを打たなくてどうする」
だった。

なぜか?

旅に出るためだ。
旅に出たい。
いますぐ旅に出たい。

外の空気を吸わなくては 死んだも同然。

旅に出られるのだったら
人体実験だろうがなんだろうが
ワクチンぐらい どうってことない。

人体に影響を及ぼすとしても
旅できる「いま」と天秤にかけたら
「いま」を取りたい。

起こるか起こらないかの
不確かな何かに
私の未来を託すことはできない。

私は私の選択に
心からすっきりして
開放的な気持ちになった。

「誰もあなたの人生に
責任を取ってくれないわよ」
「自分の人生の責任は自分でとりなさい」

小さい頃から
ことあるごとに母から言われた言葉が
今になってみて
ようやく理解できた。

ヒステリックで厳しくて
こんな女性にはなりたくない

そんな思いから
母を心から好きだと言えなかった。

確かに母の言葉はきつかった。
コーディングもせず
ストレートでシンプルで強烈で
そんな言葉の数々に
「傷ついてる娘」を演じてきた。

でも今になってわかったことがある。

甘く耳障りのよい言葉は
麻薬のようなものだ。
もっともっともっと欲しくなる。

だらしがなくて甘ったれな私を
たくましく
どこでも生きていけるように
仕向けたのは
母だったのかもしれない。

手元にある3冊のパスポートを開く。

早朝から列に並んで取った滞在許可証。
重なり合うスタンプの数々。

10代の私。
20代の私。
30代の私。

今年こそ旅へ出る。
そう心に誓って
まだ訪れたことのない土地に
想いを馳せる。

私は旅する。
未知の世界の扉を開くために。

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