20240321_WACC計算におけるサイズプレミアムの実務(なぜibbotsonを使うのか)


1. なぜibbotsonを使うのか。

WACCに当たって、ファイナンスの理論では市場リスクプレミアムがCAPMの計算式に組み込まれているが、実務の現場では完全市場を前提とするCAPMには織り込まれない追加的なリスク・プレミアムを資本コストに対して付加することが一般的である。
リスクプレミアムの代表例としては、カントリー・リスク・プレミマムやサイズ・プレミマム・その他固有のプレミアムがあるが、このサイズ・プレミアムは、情報提供会社が集めているデータを購入して参照することが一般的であり、イボットソン・アソシエイツ(ibbotson associates)の資料がよく用いられる。
「へ〜そうなのか」とそのまま受け入れて、WACC算定時には対象会社のEqVの時価算定をして算出すれば、それでサイズプレミアムの計算は完了するのであるが、今回はあえて「なぜibbotsonを使うのか」を考えてみる。
プロフェッショナルファームの人でも、なぜと聞かれたとて正確に答えるのが少し難しい論点であるため、触り程度でも把握していることには意義があるであろう。

2. WACCの計算ロジック

WACCとはWeighted Average Cost of Capitalのことであり、「加重平均資本コスト」の略である。資本コストの計算で用いられる代表的な方法である。
資本コストは企業資金調達に伴うコストとして、事業価値の算定上必要な概念である。資金調達方法には、主に資本と借入の2つの方法があるが、基本的には資本の方がハイリスクハイリターン、借入の方がローリスクローリターンであるため、資本の調達コスト(=配当、含み益)の方が高く、借入の調達コスト(利息)の方が低い。これらのコストを調達額ごとに加重平均して出したコストがWACCである。
なお、煩わしいが、コストとはいうものの、これはBSの規模によってそのコストとなる支出額の多寡は変動する訳で、一般に%でコストは表現される。

https://sandg-partners.com/archives/2005/

例えば、財務分析専門サイト「ザイマニ」の資料を引用すると、日本の上場企業のWACCの平均値は5.5%、中央値は5.0%程度となる。目安としては3~8%程度が一般的になると考えられる。

https://zaimani.com/financial-indicators/weighted-average-cost-of-capital/

業種別に見ると、電気・ガス業や生産業関連はWACCが低くなるものの、情報通信業・サービス業・医薬品業・製造業全般はWACCが高くなる傾向にある。有利子負債が多くなる業種については、負債コストの比重が高くなりWACCが低くなるのに対して、有利子負債を多く必要としない業種はWACCが高くなる。

https://zaimani.com/financial-indicators/weighted-average-cost-of-capital/

上述の説明を式で表すと、以下の通り、WACCの計算式が示される。
なお、負債コストから実効税率分が差し引かれているのは、負債コストとなる支払利息は税務上損金算入可能であることから節税効果があり、節税分圧縮される負債コストを勘案するためである。

https://www.komon-lawyer.jp/column/finance/column19/

アルファベットはそれぞれr=rate、E=Equity、D=Debt、T=Taxを意味する

2-1.負債コスト(rd)

負債コストは、銀行や社債権者等の債権者に対するリターンの期待値を意味するが、以下の算式で算定される。

https://sandg-partners.com/archives/2005/

仮に対象会社の過去の借入実績における借入金の利子率が分かる場合には、負債利子率はそれを使えば良い。ただ、分からない場合には、推計する必要があり、このような場合には、対象会社の類似会社の社債格付けや車載スプレッドから推計を行ったりするが、実務上は日本においては10年債の利率、米国においては20年債を採用することが多い。

日本国債10年:年利0.738% (24/03/21 18:29)

SBI証券より

米国20年債 :年利4.551%(2024-03-15終値)

Investing.comより

2-2.株主資本コスト(re)

株主資本コストは、株主に対するリターンの期待値を意味するが、以下の算式で算定される。

https://sandg-partners.com/archives/2005/

上記の算式は、Capital Asset Pricing Model(CAPM、資本資産価格モデル)が元となっている。CAPMは、個別株式が持つリスク(β値)から、投資家が期待できる収益率の関連性を説明するフレームワークである。

資本資産価格モデル(Capital Asset Pricing Model, CAPM)とは、金融資産の期待収益率のクロスセクション構造を記述するモデル。1960年代John Lintnerにより独立に発表された。CAPMの下では金融資産の期待収益率の共変動が市場ポートフォリオの期待収益率の変動で説明される。CAPMに代替する資産価格モデルも多数登場しているが、金融経済学において最も基本的な資産価格モデルの一つであり、CAPMによって定式化された概念は学術研究のみならず金融実務や個人投資の手法等にも広く浸透している。特にウィリアム・シャープはCAPMの導出も含めた資産価格理論研究への貢献により1990年ノーベル経済学賞を受賞している。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B3%87%E6%9C%AC%E8%B3%87%E7%94%A3%E4%BE%A1%E6%A0%BC%E3%83%A2%E3%83%87%E3%83%AB


https://management-accounting.biz/capm-formula/

例えば、β値が0の場合、リスクはないということになるため、投資家がリスクのない資産に投資をした場合に見込まれるリターンを算出することになる。このリターンをリスクフリーレート(Risk Free Rate)といい、これは銀行が資金調達をする際に銀行の信用リスク等をほとんど反映しない金利のことを言う。実務では、国債の利回りをリスクフリーレートと考える場合が多い。β値は個別株式が持つリスクと上述したが、具体的には個別の証券(株式)と市場全体の連動性を示す指標のことである。例えば、β値が大きい場合には、市場全体の値動きと乖離が大きく、分散が生じておりリスクがある状態にある。
以下の図のように、市場全体で見た時は(当たり前であるが)β値は1.0(すなわち、相関関係)になる。

https://zaimani.com/financial-indicators/beta/

β値は業種によっても異なり、これは景気に左右されるか否かで異なる。景気左右されにくい食料品、医薬品業界などはβ値が低いものの、左右されやすい石油・運送業等はβ値が高くなる傾向にある。
(基本的には0~2に収まる数値になる点が、一応の目安)

https://zaimani.com/financial-indicators/beta/

また、実務上は対象会社の類似上場企業のβ値を複数社分取得し、その平均値または中央値を基準として、対象会社の価値評価に適用するβ値を決定する。

3. サイズプレミアム

CAPMの理論では、上述のとおり、リスクプレミアムは市場全体のリスクファクターである市場リスクプレミアムと、個別銘柄の株価感応度であるβ値の掛け算によって算出されるが、現実には、会社の規模によって投資家が期待するリターンには差異が生じるため、この差異を認識することが一般的となる。つまり、時価総額が大きい企業は事業や財務基盤が安定している傾向にあるため、相対的にリスクは少ないものの、時価総額が小さい企業は想定的に投資リスクが高く株主の期待リターンもその分高まる傾向があると考えられる。
この差異をサイズプレミアムと言い、時価総額の大きさに応じた統計数値をIbbotson社等のリサーチ会社がデータ提供している。

数値のざっくりしたイメージ感であるが、下記の通りである。時価総額が500億円超か否かによって、このサイズプレミアムは変動する整理だが、WACCが基本的に3~8%で推移することを考えると、この3.1%というサイズプレミアムのインパクトが大きいことが分かる。

時価総額 約3億円〜約500億円   :3.1%
時価総額 約500億円〜約3,000億円 :1.2%
時価総額 約3,000億円〜約2兆円      :0.6%

4.ibbotsonとは

ibbotsonはアメリカのフィナンシャルリサーチを行う会社であり、米国および日本のサイズプレミアムのリサーチデータを提供している。
主に米国の米国の証券市場における過去のサイズ・プレミアム(ヒストリカル・サイズ・プレミアム)を集計しており、これを日本の企業のWACC算定に当たって、考慮することとなる。

以下のリンク先で、ibbotsonにおける日本の株式市場におけるサイズ・プレミアム計測方法が記載されているが、株式銘柄を時価総額別に区分(3区分まor10区分)した上で、各区分の平均トータルリターンからCAPMから推計されるベータ調整後市場リターンを差し引くことで、算定される。
推定方法について深堀しようとしてが、ファイナンスの理論を参照する必要があり、かなり手間になるので、ここでは触れることは避けようと思う。

サイズ・プレミアム(SPk)は、東証 1 部採用銘柄の時価総額別 10 分位ポートフォリオの平均トータル・リタ ーン(TRk)から、CAPM により推計したベータ調整後市場リターン(Adj_MRk)を差し引くことにより推計 しています。サイズ・プレミアム(SPk)ならびに、株式市場のベータ調整後市場リターン(Adj_MRk)は、 下式で算出しています。

https://www.nikkeimm.co.jp/files/user/pdf/ibbotson_(jsize)Japan%20Size%20Premia%20Report.pdf
https://www.nikkeimm.co.jp/files/user/pdf/ibbotson_(jsize)Japan%20Size%20Premia%20Report.pdf

なぜ、ibbotsonを用いるかというのは、あまり深掘りしたところで情報がなかったというのが結論にはなるが、ただ、証券市場のデータをもとに推計しているものになり、また、毎年アップデータが行われてはいるので、特に深く考える必要がない点になるのであろう。



5.サイズプレミアムの問題点

1.株主資本の期待収益率の推定の歴史〜マルチファクターモデルとは〜

CAPMは以下の通りの算式で示される通り、元々株主資本コストにおけるリスクプレミアムはマーケットリスクプレミアムのみが考慮されており、これをシングルファクター・モデルと呼ぶ。
しかし、実務上はサイズ・プレミアムやカントリー・リスクプレミアムやその他固有のリスク・プレミアムを個別に勘案して考慮するように、マルチファクター・モデルが定着しており、これは1993年にFama and Frenchによって初めて提唱された。

株主資本コスト=リスク・フリー・レート(RFR)+ベータ(β)×マーケット・リスクプレミアム。

Fama-French 3ファクターモデルとも呼ぶが、これはマーケットリスクに加えて、企業規模の差と簿価時価比率によって説明できるモデルであり、CAPMと比べてモデル精度が高いことから、多くの実証研究で用いられている。

なお、日本においてもKubota and Takenaka(2015)や太田等(2012)で簿価時価プレミアムは優位に観測された者の、サイズプレミアムは優位な値にならないということが既に報告されている。
M&A実務ではマーケットリスクプレミアムとサイズプレミアムの2つのみを用いることが頻繁にあるが、この方法は2015年に山口・小松原に提唱された方法である。

参考までに、株主資本の期待収益率の推定方法には、他にも下記のようなものがある。

Carhart(1997)4ファクターモデル
 Fama-French3ファクターモデルに、価格が上昇している株式がその後も上昇し続けるというモメンタム効果のファクターを追加したモデル

Fama and French(2015)5ファクターモデル
 Fama-French3ファクターモデルに、収益性(Profitability)と投資(Investment)のファクターを追加したモデル

参照先:
https://www.waseda.jp/fcom/wbf/assets/uploads/2019/04/WBF_19_001.pdf

2.サイズプレミアムの問題点

サイズプレミアムを実務で用いる理由としては、時価総額が小さい株式の方が高い収益率が観測されるという、「小型株効果」によるものである。実務上、比較的客観的な定量化の指標として、米国企業の時価総額をふまえたデータを用いているが、これにはいくつか問題点がある。

①米国のデータを用いることが妥当ではない可能性
 我が国において対応する時価総額別ポートフォリオ時系列データが存在していないため、米国のデータを準用せざるをえないというのが現状ではあるものの、時価総額の分布が日米で大きく異なることを踏まえると、その準用の妥当性が疑われる状況にある。
例えば、米国市場で時価総額2億ドル(日本円で約300億円)の企業は下位10%に分布するのに対して、例えば、時価総額160億円の企業は日本の上位35%に分布している。つまり、企業の市場における相対的な位置が全く異なるのである。

②サイズリスクがエクイティリスクプレミアムに内包され、ダブルカウントされている可能性
機械的に足し込んでリスクを考えているが、複数のファクターとして取り込むリスクについて、それぞれ重複している可能性は大いにあり、機械的に追加で計上している場合には、ダブルカウントとなっている可能性がある。

<サイズ・リスクプレミアム利用上の留意点>
米国の株式市場のデータを利用する場合、我が国と平均リターンも時価総額の分布も異なる市場のデータを利用するのが妥当かどうかという問題点があります。なぜなら、米国市場で時価総額2億ドルの企業は下位10%未満の階級に属するのに対し、我が国の通貨単位で同程度の規模をもつ時価総額160億円の企業は上位35%程度に属し、市場における相対的な位置が全く異なるからです。
また、CAPMが想定するリスクファクターはエクイティ・リスクプレミアムのみであり、それ以外のプレミアムを上乗せすることで、同じリスクを二重にカウントする可能性があります。すなわち、小型株のリスクは高いボラティリティの中に織り込まれ、βを高めていると考えれば、βとサイズ・リスクプレミアムで同じリスクを二重に計上することにもつながります。そのため、サイズ・リスクプレミアムを使用するに際しては、小型株のリスクが含まれない(あるいは僅少)と考えられる、時価総額が大きく流動性の高い株式のβを使用する等の配慮が望ましいと考えます。逆に、これらの配慮がなされず、ただ機械的にプレミアムが加算されているに過ぎない場合には、合理的な算定とはいえない可能性が高くなります。
サイズ・リスクプレミアムの概念自体は知っていても、以上のような問題点を理解している評価者はきわめて少ないのが現状であり、「実務上一般的である」ということのみをもって機械的に適用することで、知らず知らずの間に誤った算定をしてしまっている例の最たるものがこのサイズ・リスクプレミアムです。特に反対株主からの買取請求等が予想されるようなセンシティブな事案においては、安易な追加リスクプレミアムの利用は慎むべきと考えます。

https://www.plutuscon.jp/reports/450

6.結び

上記のようにサイズプレミアムと、実務でよく用いられるibbotsonについてまとめてきた。
上記のような理論構成を踏まえた上で、実務上ではWACCの規模感を掴みつつ、その理論的構成をクライアントに説明できるように、あれこれ考えて、結論を出すことが求められるのであろう。
ファイナンスの世界は明確な結論がないだけに、奥が深いなと思わされたとともに、まだまだ分からないことだらけなので、継続して勉強を頑張りたいと思います。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?