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復元スキル持ちの俺は、我慢の限界をとうの昔に突破している(前)

 なんと前後編です(*´-`)


 ……今をさかのぼること、…5年?前。
 俺は、いきなり、スキルを授かった。

 いわゆる、神から選ばれたと言うやつだ。

 明日の企画会議めんどくせえな、帰りにセブンでニンニクラーメン買って帰ろ、今日は水曜だから見たいテレビがあるな、そういや今日クソしてねえな…、そんなことを考えていたら、いきなり地面が抜けて、あっという間に神様とご対面と相成った。

 訳のわからない理屈に納得できない押し付け、断れないパターンに丸め込まれる展開、対価のチート付与。

 異世界でもなんでもない、とくに魅力もない、てんで代わり映えしない現代日本で、俺だけが新しい人生をスタートさせる事になった。
 魔法も奇跡も神も人外も理(ことわり)も誰一人としてはっきりと認識していない世界で、俺だけがその存在を知る事になった。

 俺がもらったチートは、「復元」というスキルだった。

 大まかにいえば、何かをもとの状態に戻すことができる。
 失われたものをもとの状態まで復活させることができる。

 ……おおよその「復元」という言葉の意味をすべて網羅する、非常に類稀で、利用価値の高い…スキル。

 俺はさえないごく普通のおっさんだ。
 体育は3だったし、数学は√で躓いた。
 大学までは友人もいたが、いつの間にかフェードアウトして基本ぼっちだ。
 それなりに会社で円満な人間関係を築いているが、自分から飲みに誘うような相手はいない。

 力の使い方が、思い浮かばない。
 力を貰っても、使いこなす自信がない。
 力が凄過ぎて、どうして良いか分からない。

 明らかに人選ミスだ。
 明らかに意味がなさ過ぎる。
 明らかに負担がデカイ。

 いっそのこと、異世界転移してたらまだ救いようがあっただろうと、思った。見知らぬ土地で、見知らぬ人たちに囲まれたなら、開き直ってスキルを駆使する事だって…できたと思う。

 火炎魔法の暴走で焼け爛れた顔面に皮膚を再生させたり。
 大聖堂のてっぺんから落っこちた金の玉を元の位置に戻したり。
 長老の失われた記憶を思い出させたり。
 女神の老いて醜くしわがよった皮膚を若かりし頃に戻したり。
 農民達が力を合わせて苦労して作った陸橋を蘇らせたり。
 魔物に襲われて折れてしまった骨を元通りにくっつけたり。
 こじれてしまった王宮の親子関係を元に戻したり。
 発掘された過去の遺物を当時の状態にして技術革命を起こしたり。
 消えてしまった悪の宰相の裏日記に再び文字を浮き上がらせたり。
 伝説の女勇者を若返らせて恋愛しちゃったり。

 スキルを駆使して、人々の信頼を得て。
 移転前が信じられないほどの、人気者になって。
 誰もが俺を頼って、尋ねてくるようになって。

 時に英雄を窮地から救い。
 時に姫を悲劇から救い。
 時に人々を苦しみから救い。
 時に星の謎を明かし。
 時に世界の闇を払い。
 時に世界の光を生み出し。

 無駄に異世界転生・移転物の小説を読み漁っていた俺は、想像力だけは豊かだった。

 チートのちの字も使わずに、毎日おかしな妄想をしながら、つまらない仕事に行き、むかつく同僚に愛想笑いをし、まずい飯を食い、掃除の行き届いていない部屋に帰ってシャワーを浴びて寝た。

 現代日本は、つまんねーなと、思った。

 魔物はいないし、魔法もない、それが常識。
 都合の悪い事実は排除し、都合のいい解釈しかしない。
 文明の利器があふれていて、願いがわりと叶う環境。
 人と人のつながりが希薄で、献身の感情が湧かない。
 頭のいいやつが理屈ばかりこねて、感謝の念が薄い。
 見ず知らずの人に、何かをしてもらおうと思う奴なんかいない。
 善悪という枠にすべて押し込もうと躍起になる奴らしかいない。
 能力を持つものをぶっ潰そうとする奴らしかいない。

 俺は今の生活をぶち壊すだけの度胸を持ち合わせていなかった。

 自分のチートをばらすとしても、どこからどう攻めていいのか見当もつかなかった。

 相談するような仲間もいないし、おつむの出来は一般人レベル。
 さりげなく事実をツイッターでつぶやいてもいいねすら付かないし、力について説明した動画を公開しても再生回数は0回だった。

 どうすることもできないまま、変わらぬ毎日を過ごすことしかできなかった。


 そんなある日、いつものように朝のウォーキングに出かけたら、事件に遭遇した。

「あいた、あいたたた!!!」

 たまにすれ違う老夫婦の奥さんが、少し離れた場所で声をあげたのを…、見た。

 毎朝すれ違う時に挨拶をする程度の、顔見知り。決して親しいわけでは、ない。
 だが…まったく見ず知らずの人かといえば、そうではない。

 普段良い人で通っている俺は、行動せずにはいられなかった。

「大丈夫ですか!」

 駆け寄って様子を見ると…アスファルトに開いた穴に躓いて、足を負傷したようだ。
 見る見る腫れていく、これは…骨が折れているに違いない。

 老人の骨折は命取りだ。
 俺の爺さんは88歳になっても毎日散歩に行くような健康な人だったが、階段で転んで骨を折ったことがきっかけで寝たきりになり、そのままボケてしまって、事故で……亡くなった。

 ……俺は、絆されて、しまったのだろう。

 奥さんの足首に手をあて、初めて他人に、復元スキルを使った。
 骨を折る前の状態に、戻してやったのだ。

「痛みが…引いた!ありがとう、これは一体?!」
「なんか…光ったような??」
「あら、川田さん、どうしたの、大丈夫?!」
「ええ、転んだらこの人が治してくれてね!!」

「ああ…気功みたいな物ですよ、じゃあ。」


 ……俺は、老人の人脈を、舐めていた。


 次の日、老夫婦は複数の老人達を引き連れて、俺を待ち構えていた。

「昨日はありがとう、これはお礼のみかんよ!」
「君すごい能力持ってるねえ!」
「ねえねえ、私の腰も治してくれないかしら、ほら、曲がらないの!」
「この人は足が悪くなっちゃって気の毒なんだ、買い物も行けなくてね!」
「この人はね一人暮らしで右目がよく見えなくてかわいそうなの!」
「この人は薬を飲んでも体調が戻らなくてねえ!明日も来てね!」


 俺は、老人の年下に対する遠慮のなさを、舐めていた。


「聞いたわよ、あの人を治したんだから私も治しなさいよ!」
「おいおい、俺もやってくれなきゃ困るよ!」
「おい、俺が先だろ、俺は昨日予約したんだぞ!」
「ここにくるまでに苦労したんだ、やってくれなきゃ!」
「年上に対して気遣いが足りんなあ、待たせるとは何事だ!」
「これは誰かが処理しないと訴訟問題になるぞ!誰かいい人知らんか!」
「俺が知り合いの記者に話しといてやったわ!」


 俺は、人の行動力を、舐めていた。


「聞きましたよ、奇跡を起こすんですってね!」
「あ、並んで下さい!抜かしたら見てあげませんよ!」
「こんな気功は見たことがないって太極拳の先生が言ってますけど!」
「貴方ごく普通の商社にお勤めですよね、いつ習得したんですか?」
「貴方の同級生に聞きましたけど、昔黒魔術にハマっていたそうですね!」
「あなたもしかして何か秘密があるんじゃないですか?」
「貴方の様子が変わったって社長さんが言ってますね!」
「彼はうちの社員です、取材は窓口を通してください!」


 俺は、舐めていた。


「お前こんな力があるならどうして黙っていたんだ!」
「お前のせいで仕事に支障が出る!」
「取材費だけで儲かるんだから黙っとけよ!!」
「芸能事務所が提携契約を申し出てます!」
「社長命令だ、毎日出向して働いて来い!」
「デビューしたての新人ですからねえ、プロのマネージャーに任せてもらわないと!」
「分刻みのスケジュールは無理?芸能人になったんだから仕方ないでしょ!」
「コイツは貸し出してるだけだ!!施術代は会社に払え!!」
「フリーになったほうが良いですよ、会社は貴方を独占しているだけです、私は個人事務所をやってましてね…」


 俺のスキルは全世界に知れ渡った。

 俺のスキルを求めて全世界から人がやってきた。


 ……非常に、ありがたがられていた。

 ……非常に、持ち上げられていた。

 ……非常に、持て囃されていた。


 だが、そんなのは、一瞬だった。


「おい!!どーなってんだよ!!全然ちげーだろ?!」
「ちょっと!!高いお金払ってるのに、これ?!」
「きちんと仕事をしてくれないと困ります!」
「おい…舐めた事してんじゃねーぞ?!全然復元できてねーだろうが!」
「わかりました、倍払います、これでいいんでしょ?」
「金の亡者が!!世界に一人しかいないからって足元見てんじゃねーぞ!」


 人というのは、ほんっとうに…クソみたいなもんだって事が、

 よ――――――――――――――く、わかった。


 復元しても、文句しか言わないやつら。
 どんどん調子に乗って、図々しいことをのたまうやつら。
 勝手にルールを作って、金儲けに必死になるやつら。

 助けたら感謝してもらえると信じていた、俺が間違っていた。
 こんな事したら悪いよねって思うはずだと決めつけてた、俺がバカだった。
 礼儀には礼儀を返すのが当たり前と思い込んでいた、日本育ちの俺が平和ボケし過ぎていた。

 まわりのやつらが、俺に対して、ドカンドカン不満をぶつけてくるようになった。

 女優を若返らせたらもっと綺麗だったのに手抜きされたと訴えられた。
 こんなの詐欺だ、一重瞼にした責任取れって、身勝手すぎるだろう…。
 そんなん、修正済みの顔って指定しなかったからわかんないし。
 50年前にモテていた顔が今の時代にマッチするとは限らないだろう。

 古代遺跡で発見された箱を復元したらモザイク除去機で、学者が落胆した。
 聖典の失われたページを復元したらやたら生々しいリアルNTR日記が書かれていて、研究者が憤慨した。
 芸術作品の欠片を復元したらマニアックなまぐわい彫塑になって、その場で再び粉砕された。
 こんなの発表できない、なんてことしやがったって各々に詰め寄られたが、俺は復元したに過ぎない。

 伝説の剣士の骨を復元したら暴虐大魔王で、犯罪者と被害者を増やすことになってしまった。
 せっかく生き返らせたのに地球防衛軍派遣ののち生物兵器投入とか、どれだけ無駄遣いしてるんだよってね。
 しかも誰も勝てない悪魔を復活させた黒幕に認定されるとか、ないだろう…。
 どうしてもっと歴史を調べてから依頼しなかったんだ。

 ボケ始めた世界最高頭脳の学者を若返らせろっていうから従ったのに、文句を言われるし。
 若返ったとたんに蓄積されてた知識がリセットされたからって、損害賠償求められても困る。
 記憶だけ都合よく残せるわけないのに、なんで老いた本人の意向を無視して話をすすめたんだ。
 晩年に解いた公式が理解できなくなったのはお前のせいだっていうけど…俺関係なくないか?

 金多く払ったらキレイになれるはずとか、勝手な思い込みしてる奴が多すぎるんだよ。
 全盛期の自分はもっとすごかったとか、勝手に過去を改竄してる奴ばかりなんだよ。
 脅したら都合よく事実をもみ消せるとか、勝手に夢見てる奴らしかいないんだよ。
 伝説を残した偉人が高尚な人物だったはずと決めつけてる奴らの、能天気具合にはこりごりなんだよ。

 予想していた展開にならなかったからって、こっちに責任擦り付けてくる奴らにはもう係りたくないんだよ。


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