他人
……私の中に、他人が押し寄せる。
―――食べたくないの、あまりおいしくなさそうだから。
「……でも、みんな美味しいって言っているよ?」
食べるのは私なのに、他人の嗜好が押し付けられる。
私がいらないと言っているのに、他人が絶賛しているからとねじ込んでくる。
……私の中に、他人が介入する。
―――これでいいの、私はこう書きたいの。
「……でも、こんなこと書いたらみんなに笑われるよ?」
これを書くと決めたのは私なのに、他人の感想が前提になる。
私がこれでいいと言っているのに、他人に合わせたものを用意しろと命令してくる。
……私の中に、他人が割り込む。
―――許せないの、もう、関わりたくないの。
「……でも、普通の人はみんな許しているよ?」
許さないと決めたのは私なのに、他人のやさしさを求めてくる。
私が許さないと言っているのに、他人が許しているからお前もそうするべきと押し切ろうとする。
……私の中に、他人が割り込んでくる。
―――つらいの、逃げ出したくてたまらないの。
「……でも、君より悲惨な人はたくさんいるよ?」
つらいのは私なのに、他人の状況が立ちはだかる。
私がつらいと言っているのに、他人の方がつらいのだから我慢しろと抑えつけてくる。
……私の中に、他人が割り込んで引っかき回す。
―――無理なの、もう、何もできないの。
「……でも、もっと頑張っている人はたくさんいるよ?」
無理だと判断しているのは私なのに、他人の努力がのさばってくる。
私ができないと言っているのに、他人が頑張っているからお前もやれると決めつけられる。
私という人間が、私という人生を生きているのに、他人の常識がまかり通る。
私という人間が、私という生き方をしたいのに、他人の判断がまかり通る。
私という人間が、私でいたいと願うのに、他人の決定がまかり通る。
君という人間は、たくさんの人に支えられて生きてきたんだよ?
君という人間がいるのは、たくさんの人に助けられてきたからなんだよ?
君という人間になるまでには、たくさんの人に学ばせてもらってきたんだよ?
他人が、私を、支配してくる。
人は、一人では生きられない。
人は、一人では生きていけない。
人は、一人で生きていてはいけない。
自分以外は、他人。
自分以外の人はみな、他人。
自分以外の人たちもまた、他人に囲まれている。
他人だらけのこの世の中で、自分という命を永らえる。
他人だらけのこの世の中に、自分という命を持て余す。
他人だらけのこの世の中が、自分という命を蔑ろにする。
他人が作った食べ物を食べ。
他人が作ったシステムを使い。
他人が作った常識に囲まれて。
他人が作った世界で生きる。
他人の中に、私がいて。
他人の中で、私が藻掻き。
他人の中を、私が生きる。
他人は、私ではない。
私は、私だ。
私は、他人にとっては他人だ。
私は、他人だ。
他人など、嫌いだ。
他人の作ったものを使うくせに。
他人の発言を利用するくせに。
他人に紛れて、安心するくせに。
他人も、嫌いだ。
自分も、嫌いだ。
みんな、嫌いだ。
「僕は、君が好きだよ?」
たった一言で、焦る自分が嫌いだ。
「私は、嫌いだよ」
可愛くない、自分が嫌いだ。
抱きしめられて、顔を赤くする自分が嫌いだ。
頭を撫でられて、涙が出た自分が嫌いだ。
「僕は、君が好きなんだよ」
……私は、私が、嫌いだ。
……私は、他人が、嫌いだ。
嫌いな人しかいない、この世界で。
私は、私が好きだという、他人のために。
大嫌いな、他人の、手を……取った。
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