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マズそうなカレー、大人気!

 ……たまに、テレビ番組などで、
【お母さんのカレーを見分けることができるか】
的な企画が取り上げられていることがある。

 ずらりと並ぶカレー皿の中から、子供の頃食べ続けていたお母さんが作ったカレーを選べるか?みたいなやつだ。

 ……カレーというのは、実に個性の出る料理である一方、誰が作っても同じような出来になる可能性が高い。なぜならば、市販されているカレールーの箱には、誰が作ってもおいしく出来上がるよう丁寧なレシピが書かれているからだ。

 料理自慢のお母さんがアレンジしまくりで作った場合はそれなりに違いが出そうなものだが、ごくごく普通に作るのであれば、小学生が作ってもお母さんが作ってもおっさんが作っても大体似たような仕上がりになる。

 家庭によって様相に違いはあるものの、野菜の切り方やチョイスするカレールーが似通っていた場合、家庭のカレーを見分ける事はわりと難しいように思う。特に、レシピ通りに料理をする几帳面なお母さんの作るカレーの見分けは困難だ。空腹時にカレーに煮込まれた具材を事細かに観察する余裕はあまりないように思うし、そもそも煮崩れて角が丸くなったりするので、エッジの効いた野菜のフォルムは失われがちなのである。

 そんな中、うちのカレー…私が作るカレーは、確実に見分けがつくという自信がある。

 別に、凄腕の料理テクニックを持っている超一流料理人を自負している訳ではない。私はそこらへんにうじゃうじゃいる、わりと手抜きをしがちな一般的な主婦っぽい立ち位置に属している。
 どんなカレールーを使っても、どんな具材を入れても、必ず見分けることができる、特徴的な一品を作ると自負している…ただそれだけだ。

 明らかに通常のカレーとは違う見た目の、正に家庭の味。
 この家でしか作っていない、他では食べられない逸品。

 ゴロゴロとデカい野菜、もったりした汁気を感じない個体寄りの形状に、食欲を減退させる土留め色。白い米粒に浸透していかない、存在感たっぷりの茶色い塊。
 一般人が見たら、「え…これ、何……」という感想がまず間違いなく出てくるレベルのシロモノである。

 ……私のカレーは、明らかにマズそうなのだ。

 どこぞの料理音痴の秘書が作るクソマズい料理並みに、食べものじゃない見た目。皿の上よりも明らかに相応しい場所があるとしか思えない。ところどころにちりばめられたコーンの粒がリアリティを醸し出している。

 包丁の使えないぶきっちょが、野菜を手で割ってぶち込んだかのような。
 カレールーの使い方がわからない適当大魔王が、水なしで煮込みにかかったような。
 子供が紙粘土をこねてカレーの模型を作ったような。

 私のカレーのレシピは、独特だ。

 玉ねぎ大一個、ジャガイモ中5個、ニンジン中3本、鶏ささみ5本。大きめにカットした野菜と肉をざっとバターで炒めた後、箱の裏のレシピ通りの水の量で30分ほど煮込み、粒コーン1缶を投入し、ルーを割り入れよく溶かし…最後に牛乳を投入する。

 美味しそうなカレー色が一瞬でマズそうな色合いになり、菜箸でグルグルと混ぜているうちにゴテゴテとした塊に変容してゆく。火が通り過ぎたジャガイモが粉砕されて、粘土っぽく変質するのだ。

 この恐ろしい見た目をしたカレー、実はかなり相当見た目に反して美味い。

 ジャガイモのホクホク感がルーと一体化して滑らかな舌触りになり、牛乳がとがったカレー粉にまろみを与え優しさを前面に出し、ほかほかごはんの上にそっと乗っかり自己主張しつつも決して互いの領域を強引に侵略しようとしないカレーの気遣いを感じ…しみじみと味わって食べたくなる。

「ねえねえ!そろそろマズそうなカレー作ってよ!!」
「食べたい」

「よし、作るか!!」

 ネーミングこそ食欲をそそらないものの、一口食べてしまえばなんのその。

 月に一度ほど、家族の熱烈なラブコールを受けて調理にあたっては…12皿分をぺろりと平らげている。次の日の朝まで残ることのない、大人気のメニューなのである。

 とはいえ、ごく普通のカレーも作る。
 うちには、いろんなカレーメニューがあるのだ。

 ポークカレーにビーフカレー、チキンカレーにソーセージカレー、スープカレー、カレーちゃんこ、とろとろ牛筋カレーにホウレンソウカリー、ドライカレーにカレーピラフ、カレーうどんにカレードリア、カレーピザにカレーパン……うちはやけにカレールーとカレー粉の消費量が高かったりするのだなあ。

 …これらのメニューを、うちの家族はどれほど見分けることができるのやら。うちの家族は全員わりと出されたものをパクパク食べるタイプだから、明らかに個性的なあのカレー以外はおそらく見分けることができないんじゃないかと思われる……。

「来週は普通のカレーも食べたいな!!あたしチーズカレーにしたい!!」
「お父さんは甘口やだから辛口のルーのも作ってね!!リーの30倍カレーがいいな!!!唐辛子も入れてね!!あとナンも食べたいな、粉買っといて―!!」
「僕も作ろう」

「へいへい…じゃあ、来週の休みは朝からカレーパーティーにしましょうかね」

「「「わーい!」」」

 カレーを作る、ただそれだけでこの喜びよう。
 なんという、平和な日常なんだ。

 しみじみ幸せをかみしめた私であったが。

「……ちょ?!ここに置いといた、私の分は?!」

「ごめーん、ルーが足りなかったからもらっちゃった!!」
「ごめーん、ごはん欲しかったからもらったー!!」
「僕はもらえなかった…」

 ちょっと、ほんのちょっと、充電中のスマホに来週の予定を入力しに行った、その隙、その隙に!!!安定の……、人の分まで食い尽くす人たちが!!!!

 マズそうな、とびきり美味いカレーは…今回も腹六分目しか食べられなかったという、悲しいお話ですよ……。

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