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よく当たる占い師印下恭彦は、姓名判断を駆使して迷える子羊たちを慮(おもんぱか)る。

 ……私の名は、印下恭彦(しるししたやすひこ)。
 35歳独身、占い師をしている。

 私の専門は姓名判断である。
 名は人を表し、運命を表す。

 おかしな名前に、よくできた名前。
 ありえない名前に、誂えたかのような名前。

 名前の数だけエピソードがあり、それを垣間見る私にも学びがある。

 数多くの悩める人々の背を押してきた私。
 数多くの迷う人々に道を示してきた私。

 どれほど多くの感謝の言葉を頂いた事だろう。
 どれだけ多くの人々の笑顔を拝見した事だろう。

 お客様の言葉を聞くたびに、私の心は満たされるのだ。
 お客様の笑顔を見るために、私は心を込めて占うのだ。

 私は、姓名判断の占い師であることに、誇りを持っている。
 私は、姓名判断の占い師であることに、自信を持っている。

 ……だが、私の名は。

 姓名判断において、吉を成す部分の乏しい、悪名である。

 天格は9画で『凶』。
『幸の薄い、孤立しがちな運命。消極的にならざるを得ない』

 苗字は自分の力が及ばぬ、言わば生まれ付いた家柄。
 与えられた運命が示す切なさに…実が縮まる。

 人格は13画で『大吉』。
『人当たりの良い、人気者の象徴』

 明朗快活、世話好き…人気者になれるが本質は寂しがりで独占欲が強い。
 人格は中年期の運勢…主に仕事面に影響を与えるものだから、占い師として人気が出ているのも頷ける。利益重視にならないよう、天狗にならないよう努める日々。

 地格は19画で『凶』。
『成功への道筋に障害が多く、苦労を重ねた挙句挫折する』

 優れた能力がなかなか人に認めてもらえず、気力が尽きてふさぎ込みがちになる。
 個性的な人と評されやすく、協調性も乏しいため孤立することが多い。
 地運は幼い頃の運勢に深くかかわり、性格を形成する。子供の頃…確かに私は集団生活が苦手で、常に自分の世界に籠って占いの本ばかり読んでいたのを思い出す。

 外格は15画で『大吉』。
『出世が約束された順調な人生』

 人を助けて癒すことができる社交上手で、対人関係の良さはピカイチ。もうだめだと思った時、いつもどこかから助けが入って…何とかなってしまう事を何度も繰り返した結果、今の私がいる。

 総格(総運)は28画で『凶』
『常に誤解が付きまとい、運命に弄ばれる』

 なまじっか体力があって明るいので、羽目を外して大失敗する危険がある。
 調子にのらないようすべきことを見極めて、真面目に生きていけば…きっと、大丈夫。そう前向きに信じ続けて…もう何年だ?いい加減、独り身にも飽きてきたところなのだが。

 ……私は、占い師だ。
 ……人気の、姓名判断占い師だ。

 分かっている、自分の運命など。
 分かっている、自分がこれからすべきことなど。

 けれど、時折、無性に……寂しくなる。

「あの!!!相性占いをお願いします!」
「この人と結婚したら、幸せになれますか」
「今度娘が生まれるんです、良い名前を付けてあげたいと思って」

 たまに、とても……むなしくなる。

「本当に大吉なんですか?こんなに不運なのに」
「やだ…大吉じゃないなんて、サイテー」
「名前が大吉でも意味ないよ、俺今貧乏だし!」

 ……私は、占い師だ。
 ……人気の、姓名判断占い師なのだ。

「……あの、私、すごく悪い名前だって、言われて……」
「大丈夫ですよ、僕もすごく悪い名前ですが、占い師として成功してますから」

「どう頑張ってもぜんぶ大吉にならないんです」
「僕、こんなに悪い名前ですけど、今幸せですよ?」

 お客様の顔色を読み。
 お客様のお求めの言葉を探し。

「どうしてこんな運の悪い名前になったんだろう…」
「ご結婚で名前が変わることもありますから…ね?」

「相性のいい名前ってあるんですか?」
「お客様のお名前は…高田たかだ叶乃佳かのかですから、そうですね…6画、9画、16画なんかがよろしいかと思います。今おもちの10画、20画、30画という凶数が無くなれば、お名前自体は大吉なので」

「でも…そんな都合よく出会えないですよ…はあ……」
「いえいえ、そんなことはございませんよ?浮き沈みの多い総格30画ですから、運気の上昇している時に出会うことだってあると思います。思いがけないところで運命的な出会いをし、がらりと人生が変わることだって…」

「そんな都合よくいきますか?今まで散々辛酸をなめてきたきたのに。どうせ私なんて」

「いやいや…そんなことはないと思いますよ。
 実は僕ね…、印下、9画の苗字の持ち主なんですよ。どうです?格段に運勢がアップします、今よりも数倍運気が良くなります!!天格はどうとでもなるからいいんです、人格も外格も総格もフルでよくなりますよ!!愛されキャラになれるし、お金も入ってくるし、家庭運もばっちり、子供運があるから10人兄弟のママなんてのも!!ねえねえどうです、まずはお友達から……」

 思わず、好みのお客さんの手を、ぎゅっと握ってしまって。

 バッチ―――――――――――ン!!!

「…ッ!!さ、サイテー!!!占うふりして、何勝手に人の手握ってんのよ!!」
「アっ…つぅ……!!ひ、で、でもっ!!これ良かったら、僕のライン…」

「……帰ります!!!!!!視ていただいてありがとうございました!!!!!!」

 ……私は、占い師だ。

 ……人気の、姓名判断占い師なのだから。

 大丈夫、きっといつか、かわいいお客さんと付き合える。
 大丈夫、きっといつか、彼女はできる。
 大丈夫、きっといつか、なんとかなる。

 私は、ひりひりと痛む頬を撫でながら。

 次の獲物を出迎える、準備をしたのだった。

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