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足音

 すた、すた、すた、すた……

 看護師さんの足音は、ちょっと忙しい。

 タッ、タッ、タッ、タッ……

 先生の足音は、ちょっと勢いがある。

 コツ、コツ、コツ、コツ……

 奥さんの足音は、ちょっと気取っている。

 ぱた、ぱた、ぱた、ぱた……

 お母さんの足音は、ちょっとのんびりしている。

 キュゥ、キュッ、キュッ、キュッ……

 ちびっ子の足音は、ちょっとうるさい。

 バタ、バタ、バタ、バタ……

 お父さんの足音は、ちょっと偉そう。

 ズル、ズル、ズル、ズル……

 お爺さんの足音は、ちょっと元気がない。


 私は今、盲腸で入院中。

 動くとおなかが痛いし、あんまり動きたくない。
 窓際の部屋じゃないから、外を見てボーっとすることもできない。
 絶妙なタイミングでスマホが壊れて、ゲームもできない。
 コンビニで買ってきた雑誌は全部読み終わった。
 テレビカードが意外に高くて、無駄遣いする気になれない。

 耳をすまして遊ぶ?ことぐらいしかできないというか。
 思いっきり寝られると喜んだけど、四日目ともなるとおなかいっぱいだ。

 明日が退院だから、つまらないのは今日まで。
 病棟の廊下を歩く色んな人の足音を聞いて、暇をつぶしていたりする。

 元気な人に、病気の人。
 お見舞いに来た人に、入院してきた人。
 病院の人に、よくわからない人。

 足音を聞いて、どんな人か想像するゲーム。
 足音の持ち主を想像すると、ちょっとだけワクワクする。

 当たっていたら、ちょっと良い事が起きそうな気がするというか。
 当たっていたら、自分の予想力が優れている気になれるというか。

 四人部屋の窓のない方のベッドの上から、病室の出入り口をぼんやり見つめる。
 扉一枚分の開放部分を見て、自分の想像した通行人の真の姿を確認して…喜ぶだけ。

 すた、すた、すた、すた……

 この足音は、カワイイ看護師さん・・・当たってた。

 コツ、コツ、コツ、コツ……

 この足音は、先生かと思っていたのに・・・知らない人だった。

 ぱた、ぱた、ぱた、ぱた……

 この足音は、窓際のおばあちゃんの家族・・・違ってた、どこの人だろ。

 タッ、タッ、タッ、タッ……

 この足音は、小さな子供・・・当たってた。

 バタ、バタ、バタ……、がしょん

 この音は、晩ご飯の来た音・・・当たってた。
 まだちょっと痛いおなかを抱えて、ゆっくり歩いてご飯を取りに行く。

 質素な晩ご飯を食べながら、ちょっとだけテレビを見た。
 食後に薬を飲んで歌番組を見てたら、あっという間に消灯時間。

 眠くないのに寝なきゃいけないのって…辛い。
 あんなに毎日ずっと寝て過ごしたいって思ってたのに、不思議。

 入り口横の洗面台で…歯を磨く。

 すた、すた、すた、すた……

 しゃこ、しゃこ。

 タッ、タッ、タッ、タッ……

 ぶくぶく、ぺー。

 ぱた、ぱた、ぱた、ぱた……

 消灯前なのに、足音が止まないのが気になる。

 バタ、バタ、バタ、バタ……

 近くの部屋に、新しい入院患者でもきたのかな?

 めがねをはずして、棚に置いて。
 ベッドの角度を調整して、目を閉じる。

 すた、すた、すた、すた……

 タッ、タッ、タッ、タッ……

 コツ、コツ、コツ、コツ……

 昨日は……、こんなにうるさくなかったのになあ。

 ぱた、ぱた、ぱた、ぱた……

 バタ、バタ、バタ、バタ……

 ズル、ズル、ズル、ズル……

 足音が気になって……、眠れない。
 恨めしい気持ちで……、ぼんやりと廊下に目を向ける。

 すた、すた、すた、すた……

 これは、忙しい看護師さん・・・?

 タッ、タッ、タッ、タッ……

 これは、背の高い、外科の先生・・・?

 コツ、コツ、コツ、コツ……

 これは、入院する事になった誰かの、付き添いの・・・?

 足音が、気になって、眠れない。

 ぱた、ぱた、ぱた、ぱた……

 ・・・ねえ、この足音は、誰の足音?

 バタ、バタ、バタ、バタ……

 ・・・ねえ、足音は聞こえるのに、誰もいないよ?!

 ズル、ズル、ズル、ズル……

 ねえ、足音は近付いて…遠ざかっているのに、どうして・・・誰も通らないの?!
 怖くなった私は、ナースコールに手を伸ばそうと……うそ!!!

 手が、伸ばせない!!!
 指先すら動かせない!!!

 ねえ、これ、もしかして金縛り?!

 すた、すた、すた、すた……

 タッ、タッ、タッ、タッ……

 コツ、コツ、コツ、コツ……

 ぱた、ぱた、ぱた、ぱた……

 バタ、バタ、バタ、バタ……

 ズル、ズル、ズル、ズル……

 身動きできない私の耳に、足音だけが聞こえてくる!!!

 すた、すた、すた、すた……

 タッ、タッ、タッ、タッ……

 コツ、コツ、コツ、コツ……

 ぱた、ぱた、ぱた、ぱた……

 バタ、バタ、バタ、バタ……

 ズル、ズル、ズル、ズル……

 身動きできない私の方に、足音が近づいてくる!!!

 すた、すた、すた、すた……

 タッ、タッ、タッ、タッ……

 コツ、コツ、コツ、コツ……

 ぱた、ぱた、ぱた、ぱた……

 バタ、バタ、バタ、バタ……

 ズル、ズル、ズル、ズル……

 身動きできない私を通り越して、足音が遠ざかっていった……。

 ………。

 ………。

 あたりに、静寂が訪れた。

 ああ、これで……安心して、寝られ……。


「ねえ、起きてる?」


 声のした方を、目玉だけ動かして、見る、と……、私のすぐ横に。

 見ず知らずの、おばさんが――――――――――!!!


 パタパタパタパタ!!!

 たったったったったっ!!!

「ああっ!!もう!!!松本さんこんな所に!!!ごめんなさいね、藤田さん!!!」

「おねぇさん、まだですか?おやつ食べたいです…」

「今はね、消灯だよ、あっちに行こうね?!すみません、ごめんなさい…!!!


 足音だけ響かせて、どこかへ消えていく何かは、たしかに怖い。

 でも、足音ひとつたてずに、枕元に立つ人が……一番怖い!!


 気を失ったのか、眠くなったのかは定かではないけれども。


 たっぷりと熟睡して、スッキリと目覚めた私は、朝イチで退院の手続きを済ませたのだった。

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