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普通の人

 ……私は、ごく普通の人だ。

 どこにでもいる、アラサーの社会人。
 どこにでもいる、中肉中背の目立たない女子。
 どこにでもいる、消極的で目立たない一般人。

 私は、ごく普通の人間なのに、なぜかいつも、おかしな出来事に遭遇するのだ。

 月曜日、バスを待ってたら前にいたおばさんが倒れてびっくりした。
 火曜日、目玉焼きを作ろうと卵を割ったら三つ子だった。
 水曜日、テレビを見ていたら同級生が詐欺の容疑で捕まっていた。
 木曜日、仕事帰りに量販店に寄ったら陽気なアメリカ人達に囲まれた。
 金曜日、ATMに怒鳴っているおじさんがいてお金が下ろせなかった。
 土曜日、珍しく何も起きなくて拍子抜けして変な夢を見た。
 そして本日日曜日、退社早々上司から鬼電があったので、スルーを貫いて晩酌をしている真っ最中。

 ごく普通の人間というのは、ごく普通の日常を送るものだ。

 …こんなにも毎日毎日、何か問題が起きるとは思えない。
 …こんなにも毎日毎日、ハラハラするとは思えない。
 …こんなにも毎日毎日、予想しない出来事に巻き込まれるとは思えない。

 もしや、自分は呪われているのではないか。
 もしや、自分は不運の星の下に生まれたのではないか。
 もしや、自分はおかしな亡霊に取り憑かれているのではないか。

 ……いかんなあ、どうもお酒を飲むと、おかしな思考になるみたい。
 私は、三本目のストロングゼロをクイと飲み干して、水滴のついたぶどうサワーの缶に手を伸ばした。

「……なに、まだ飲むの?」

「だって明日は休みだもん、今日は意識が飛ぶまで飲むの!!」

 ……いかんなあ、強めのお酒を飲むと、ストッパーが外れちゃうんだよ。
 私は、冷凍枝豆に手を伸ばし、皮ごと口に含みながら、豪快に缶を開けた。

「……電話、出ればいいのに」

「こんなに酔っぱらってんだから、もう無理!!」

 ……いかんなあ、酔っ払うと、どうも攻撃的になるというか。
 私は、ぶるぶる震えるスマホの電源を切り、ごきゅごきゅとぶどうサワーをあおった。

「……出かけてたら、良い事があったかもしれないのに」

「ないない、どーせあたしなんてね、ろくでもないことに巻き込まれるだけの、良い事なしの運命なの!!」

 ……いかんなあ、酔いすぎたみたいだ、マイナス思考が暴走しはじめた。
 私は、気を取り直すべと、激辛ポテトチップスの袋をあけた。

「……あのさ、なんでいつも、スルーするの?」

「スルー?何が?」

 ……いかんなあ、完全に酔いが回ってるみたい。
 この人の言っている、意味が、よく、わかんないや。

「なにをしても華麗にスルー、これじゃあいつまでたっても物語が進んでいかないんだよね」

 ……いかん、いかん。
 しゃきっとするために、バリョバリョと、ポテトチップスを頬張る……。

「バス待ちのおばさん、異世界行きのトリガーだったのにさ」

 ……いかんなあ。
 なんか、状況が……全然、わかんないぞ……。

「まさかノーリアクションでスクランブルエッグにするとは思わなかったよ、仕込んであった術式が混じって三大妖精がパアとかさ」

 ……えっと、私は、今。
 だれと、話してるんだっけ……。

「大事件の事、幼馴染に電話して確認したら…大恋愛に発展したのにさ」

 ……私は、確か。
 一人暮らし、だった、ような……。

「せっかく王族の人に見初められたのに、無視しちゃうとかさ」

 ……ねえ。
 今、私、だれと……。

「おじさんに殴られなかったから、超能力に目覚めるチャンスも消えちゃったしさ」

 ……というか。
 わたし、どこに、いる……。

「怒り心頭で会社に向かう途中でトラックにはねられたら、お気に入りの乙女ゲーの悪役令嬢に転生できたのにさ」

 ……。
 わたし、は……。

「何もしない主人公で、本当に……困ったよ?」

 …………。

 わ、た、し………。

「動かないキャラクターはたくさんいたけど、プロローグにすらたどり着けないのは初めてだったよ」

 ……………。

「しまったなあ、こんな人、主人公にするんじゃなかった

 次はもっと書きがいのある子を…

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