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おうち美術館

 ……殺風景な私の部屋に、大自然の息吹を感じる。

 広い空の下で力強さを誇る、大木の勇姿。
 目に鮮やかな、一枚一枚魂のこもった葉っぱ。

 爽やかな風を感じさせる、一枚の油絵。

 ……ああ、実に、いい。
 実に素敵な絵だ。

 椅子に座り、淹れたてのコーヒーを飲みながら…しみじみと鑑賞する。

 ……思い切って借りて、良かった。

 私が住む街の図書館には、絵画の貸し出しサービスがある。

 市内に住む画家の直筆作品もあれば、有名な作品の複写品もあり、立派な書、大きな写真、小さな絵、大きな絵……豪勢な額に入った芸術を、期間は限られるが自分の部屋に飾る事ができるのだ。
 貸出期間は、一ヶ月。その間好きなだけ、芸術作品を独り占めできるのである。

 先週半ば、たまたま図書館に行く用事があった私は、思いがけずこの絵に出会った。

 待ち合わせの関係で館内を巡っていた時に目に止まった、一枚の油絵。
 力強い緑と、やや寂しげな水色が印象的な…一枚の油絵。

 昔、アトリエを構えていた頃に使っていたイーゼルが喜びそうな絵だと思った。私は、何枚も何枚も…空と緑を重ねてきたから。

 立ち止まって鑑賞していたら、司書のお兄さんが貸し出しのことを教えてくれたので…初めての試みではあるものの、気まぐれに持ち帰りを決めたのだ。

 つまらない日常に魂のこもった絵を迎え入れたら……力を分けてもらえそうな気がした。
 つまらない感情に囚われて下を向きがちな自分が……顔を上げるきっかけになりそうな気がした。

 無気力な日常に彩りがあるだけで、ずいぶん気持ちが変わる事に驚いた。

 けっしてやる気が漲ったわけでは、ない。
 けっしてテンションが上がったわけでは、ない。

 ただ、なんとなく、現実を一瞬忘れる…それだけなのに。
 ただ、借りてきた一枚の絵に見惚れた…それだけなのに。

 ……ふふ、本当に、借りて良かった。

 返さなければいけないから、返すまではきちんと管理しなければね。
 返さなければいけないから、返すまではしっかり見ておかなければね。
 返さなければいけないから、返すまではちゃんと生きていなければね。

 ……つぎは、どんな作品を借りてこようかな?

 私は、自分のつまらない毎日に、理由をつけるために。

 一ヶ月に一度、必ず図書館に向かうことを、決めたのだった。

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