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無料ショートショート

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解説の必要のないショートショートをジャンル無差別でまとめています。随時追加予定、ほのぼのからホラーまで幅広く公開中。
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記事一覧

足音

 すた、すた、すた、すた……  看護師さんの足音は、ちょっと忙しい。  タッ、タッ、タッ、タッ……  先生の足音は、ちょっと勢いがある。  コツ、コツ、コツ、コツ……  奥さんの足音は、ちょっと気取っている。  ぱた、ぱた、ぱた、ぱた……  お母さんの足音は、ちょっとのんびりしている。  キュゥ、キュッ、キュッ、キュッ……  ちびっ子の足音は、ちょっとうるさい。  バタ、バタ、バタ、バタ……  お父さんの足音は、ちょっと偉そう。  ズル、ズル、ズル、ズ

残り香

「…なんかたばこくさくない?」 「ここでタバコ吸ってた人がいたのかもね」  公園でのんびりとタバコを吸っていたら…厭味ったらしい声が聞こえてきた。どうやら、生け垣の向こう側にあるベンチに座っていて…、俺の存在には気が付いていないらしい。 「ここで?!喫煙所で吸うでしょ、普通。広い公園だし、どこかに…」 「ないと思うけどな。禁煙って看板あったし。池の方で吸ってるんじゃない?風でにおいが流れてきてるのかも」  ご名答…、俺は今アンタらのすぐ後ろの生け垣の下、池のすぐ前でうん

お ま え か 

 ……なんだか、足が、むずむずする。  ごく普通に、座ってパソコンに向かっているのに…足がむずむずする。  普段どおりに、立って晩御飯を作っているのに…足がむずむずする。  ……ふと気がつくと、足に違和感がある。  買い物の最中、帰宅途中。  病院の待ち時間、寝る直前。  ……明らかに、左足の外側、すねとふくらはぎの境目辺りがおかしい。  かゆいわけではない、痛いわけでもない。  ぼんやりと、しかし確かに。  ……なんだ、これは。  病院に行くべきか?  だがし

視線

 ……思いがけず、住む場所を追われることになった。  住んでいる木造アパートの上の階のやつが水道を出しっぱなしにしたとかで部屋中大洪水になり、突如として住む機能が失われてしまったのである。  夜勤を終えて帰ってきたらドアを開けたとたんに水が出てきて…疲れているのに部屋の中が水浸しでテンパるわ管理会社に電話は繋がらないわで、ひどい目にあった。  ベッドと布団、畳が特に被害が大きく、とても復旧できそうにないので、まるっと交換してもらうことになったのはいいものの、業者の都合で

伸ばしたい気持ち、切りたい気持ち

 髪を短くして……もう、随分、長い。  ドライヤーを使わなくなって、もう何年?  ヘアスプレーを使わなくなって、もう何年?  髪ゴムを使わなくなって、もう何年?  ショートヘアが通常装備になった今でも時々思い出す、長い髪だった頃の…感覚。  絡まる髪をなだめすかし、櫛を通した記憶。  まとまらない髪をねじ伏せ、ゴムでくくった記憶。  散らばる髪を、豪快にみつあみにした記憶。  私の髪は、太くて、真っ直ぐで、色素が薄くて、あっという間にパーマの落ちる、自己主張が強すぎる

ドア

 激安スーパーのバイトを終え、廃棄弁当を一つもらって帰宅中の私は、おかしなものを見つけた。  いつもの帰り道、歩道のど真ん中に……、ドアがある!!  ええ?!なに、これ!!  ちょーウケるんですけど!!!  アスファルトの上に、ドアだけが立ってる!!  枠も何もないから、ど○でもドアよりも貧弱っていうか!!  こんな目立つ場所に、一体だれが!!  ……もっと近くで見てみよ!!  ドアに駆け寄って、まじまじと観察をば。  古めかしいドアノブの付いた、茶色いドア…何こ

カツラ

 今の時刻、およそ6:15…、九時間に及ぶ勤務を終えた俺は、朝日に照らされるアスファルトの上をいつもよりいくぶん軽やかな足取りで進み…住んで八年目になるアパートへと向かっていた。  …今日はいい感じに廃棄の弁当がもらえたんだよな。カツカレーに赤飯おにぎりが二つ、ツイストドーナツ3個入り。昨日は硬くなった唐揚げ棒一本だったから、喜びが大きくてね。  上機嫌で人けのない道を歩きながら、時折進行方向に顔を出す太陽の光の眩しさを手のひらで遮る。…ずいぶん日の出が早くなったなあ、つい

のぼり

 正月にふと思い立ち、朝のウォーキングを始めて…早三か月。  すっかりモーニングルーティンとして身についた僕は、今日も早朝の町を一人…歩く。  向かう先はコンビニだから、ただ朝飯を買いに行くだけという噂もあるわけだが。まあ、アパートからコンビニまでは歩いて10分ちょっと、行きと帰りと買い物、その他もろもろで合わせて30分…ちょっとした運動にはなっていると思う。心なしか、ベルトが少しゆるくなったような気がしないでもない。  朝一番、まだほんの少し薄暗い時間帯に出歩くように

猫のはえる町

 私は老いた両親の世話をするため、歩いて20分ほどの場所にあるマンションに毎日通っている。  雨の日も、風の日も、寒い日も、暑い日も、熱のある日も、元気な日も、成功した日もやらかした日も・・・必ず行かねばならない。  すっかり通い慣れてしまった道を、ゆく。  幹線道路から少し離れた位置にある住宅街の細い私道を抜けていくのだが、そこに…癒し系ゾーンが存在している。  そこを通るたび、日々のささくれ立った心が、和む。  このあたりには猫がたくさん住んでいて、実に気さくに気

几帳面な旦那さん、がさつな奥さん

「…住吉区の倉庫の鍵の件、何かご存じないですか?」 「ちょっと聞いてないです…」 「いつもグラウンドゴルフ大会で使っていたパソコンがあるんですけど、パスワードご存じないですかね?」 「私にはわかりかねます…」 「先月の議会で提案されたイベント企画の書類があると思うんですけど」 「主人の活動にはノータッチだったので…何も聞いてないです。」 「奥さんね、本当に何も知らないの?少しくらいは旦那さんのこと知っててもらわないとこういう時に問題になるんですよ」 「ご主人がいない今、

知識欲の行方

知っていること 知らないこと 知りたいこと 知りたくないこと 知らされたこと 知らされたくなかったこと 知るべきこと 知らなくていいこと 知らせること 知らせてはいけないこと 知ってしまったこと 知ってはならないこと 知りたい欲と知りたくない欲 知りたい心が生まれる 知りたい気持ちがあふれる 知りたい衝動が抑えられない 知りたいのだと叫ぶ 知りたくない心が生まれる 知りたくない気持ちが胸の中で広がる 知りたくない拒絶でいっぱいになる 知りたくないのだと叫ぶ 知りた

スキキライ

彼氏が好き好き、大好き! 優しい声 かっこいい顔 高い背 私をじっと見つめてくれること 頭ポンポンしてくれること 数学を教えてくれること おいしいカップ麺作ってくれること 歌がうまいこと 私をかわいいって言ってくれること いつも手をつないでくれること 彼氏が、大好き! いつも優しい声 いつ見てもかっこいい顔 高すぎる背 私をじっと見つめてくれるもの 頭ポンポンしてくれるもの 難しい数学の問題を解いてくれるんだよね おいしいカップ麺作ってくれるのよね 歌がうますぎてうっと

猫のおすし

 うちには、猫専用の電気マットがある。大きさおよそ45×80センチ、ビニール素材でできた防水タイプの、フローリングっぽいデザインがお洒落なちょっといいやつだ。  ずいぶん前に旦那が知人から頂いたキッチン用のホットカーペットは、毎年冬になると二階の廊下に設置される。真冬の底冷えする廊下で暖を取ることができる優れものは猫達の人気のスポットとなっていて、朝、昼、晩、七匹の猫たちが入れ替わり立ち代り利用しているのだ。  マットの上に無防備に寝転がる猫もいれば、礼儀正しく丸くなる猫

ドア

 仕事を終え、コンビニでメシを買って帰宅しようとした俺は、おかしなことに気が付いた。  いつも歩き慣れている、歩道のど真ん中に……、ドアがある。  ……なんだ、これは。  アスファルトの上に、ドアだけが立っている。  ……テレビ番組の収録か?  辺りを見回すも…誰もいない。  とりあえず…避けるか。  ドアの横を通り、前に進む。  なんだ、スルーできるんじゃん…と思って、前を向くと。  ……少し離れた場所に、ドアがある。  ちょっと待て、ドアが…移動した?