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映画『狼よ落日を斬れ』のエピソード

『狼よ落日を斬れ』(1974年)という時代劇映画があります。
制作当時、その映画のプロデューサーを務めていたのが、
後に作家に転じた故小林久三氏でした。タイトルにまつわる
原作者・故池波正太郎氏が怒ったエピソードを紹介します。

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本日、たまたまYoutubeで、昔のテレビ番組を観ておりましたら、作家の故小林久三氏が出演されていて、懐かしくなりました。

小林先生には私が駆け出しの編集者であった頃、随分お世話になりました。
よく川崎のご自宅にお邪魔して、いつも昼過ぎから暗くなるまで、いろいろなお話を聞かせて頂いたものです。

私がお邪魔した当時は、オウム真理教事件や神戸の酒鬼薔薇事件を個人で追いかけておられ、鋭い見立てに驚かされることがしぱしばでした。

さて、そんな小林先生が松竹の映画プロデューサー時代に、作家の池波正太郎さんから激怒されたお話を聞かせて頂いたことがあります。

池波正太郎さんといえば、『鬼平犯科帳』や『剣客商売』、『真田太平記』など、時代小説、歴史小説で今も絶大な人気を誇る大御所作家。
松竹はその池波さんの『その男』という作品を映画化することになり、
担当プロデューサーが小林先生でした。監督は三隅研二。

舞台は幕末。幕府の隠密を務める剣の師に育てられた杉虎之助は、無類の剣士に成長。師は虎之助に平穏に暮らすことを望みますが、少しでも師の手助けになりたいと願う虎之助は、京で中村半次郎、沖田総司、伊庭八郎ら傑出した剣士たちと出会い、否応なく動乱に巻き込まれていく、というあらすじです。

主役の虎之助には高橋英樹、妻の礼子には松坂慶子、中村半次郎に緒方拳、沖田総司に西郷輝彦、伊庭八郎に近藤正臣という錚々たる役者が揃い、松竹は大いに期待しますが、やがて宣伝部門から「『その男』というタイトルではインパクトが弱い」という声が上がります。

そして宣伝部門が中心になって決めたタイトルが、『狼よ落日を斬れ』というものでした。池波さんの原作を読んだ人にはわかると思いますが、『その男』という小説が描く人物像からは、およそかけ離れたものです。原作はいずれの男たちも血の熱さを胸の奥に秘めた人物として描かれており、ギラギラした深みのない印象のタイトルとは真逆のものでした。

そのことをプロデューサーの小林先生はよくわかっていましたが、しかし会社は「このタイトルで池波さんの了解を取れ」と一方的に命じます。当時、池波さんは執筆のかたわら、新国劇などの舞台演出も手がけており、その時も地方で舞台の稽古に当たっていました。

小林先生はやむなく電話で稽古中の池波さんに連絡を取り、タイトルの件を告げます。しばらく電話口で沈黙が流れた後、池波さんの大きな怒声が炸裂しました。「この主人公・杉虎之助は全くの架空の人物ではなく、モデルにした当時の3人の男を私が造形したものだ」

おそらく池波さんは、「絵空事で小説を書いたのではない。動乱の時代を生きた男たちの真実を伝えようとしたのだ。それを興味本位のタイトルをつけられては不本意だ」と言いたかったのではないでしょうか。

江戸っ子の池波さんは「瞬間湯沸かし器」と関係者から恐れられた人。しかも、言っていることはどう考えても池波さんが正論です。小林先生は黙るしかありません。

ひとしきり、怒声を浴びせ続けた池波さんでしたが、やがて声のトーンが変わります。「まあ、俺も言いたいことを言ってしまったが、小林くん。きみもわかったうえで電話してきているんだよな。組織の中で働くってえのは大変だよな。よし、わかったよ。もう、きみに任せるよ」。小林先生は電話に向かって、深々と頭を下げたといいます。

そんな思い出話を聞かせてくださった小林先生。私に「池波さんも映画好きだったが、きみも編集者なら、映画は観た方がいい。必ず編集の役に立つから」とおっしゃったことを覚えています。

ちなみに肝心の『狼よ落日を斬れ』ですが、映画の出来としては、私は今一つでした(笑)。

監督:三隅研次
制作:三嶋与四治、猪股堯、小林久三
原作:池波正太郎(『その男』)
脚本:国弘威雄、三隅研次

キャスト:杉虎之助:高橋英樹、礼子(虎之助の妻):松坂慶子、池本茂兵衛(虎之助の師):田村高廣、中村半次郎(桐野利秋):緒形拳、伊庭八郎:近藤正臣、沖田総司:西郷輝彦

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